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築30年のボロアパート。建築基準なんかぶっちぎりで違反してるに違いない。じゃなきゃ下の部屋のテレビの音が聞こえたり、隣の部屋の料理をする音が聞こえたりするか?なぁ大家の婆ちゃんよ。 と、俺は常々思っていたわけだが、どうやら意外と丈夫に造ってあったみたいだ。隣の部屋が火事になって半焼しても俺の部屋は消防車の放水でわずかに水浸しになった程度で済んだからだ。やるじゃん婆ちゃん。その隣の部屋は火の勢いこそ強かったものの、家財道具が燃え天井を焼け焦げさせる程度で落ち着いた。何より早い通報が効を奏したらしい。うん、通報した奴もナイスプレーだ。俺なんだけどさ。いや、通報しただけじゃあねーよ。なんと隣に住む小さな子供達を燃え盛る火の手の中から救ったんだ。まぁほぼ子供達だけで逃げきってたっつうか、むしろ動揺した俺を引っ張り出してくれたっつうか…んな感じ。 で、今その子供達とその兄貴がお礼を言いに来た。おいおい両親はどうしたよ。ガキ相手に謝礼金とか貰いづれぇじゃんか。貰いますけどね普通に。臨時収入の予感に気分を良くしながら話を聞いていた俺は、次の瞬間自分の耳を疑った。 今なんつった? 両手を弟妹達と繋ぎながら、大学生くらいの少年がきっぱりと言い切る。 「僕等を居候させてください」 …… 「…なるほどね。もう一度説明してくれるかな君」 「ですから」「いや、聞きたくない」 「我が儘ですね」 「デスね~」 「デス~」 「お前等にだけは言われたくねぇよ」 キョトンと可愛らしく首を傾げる幼い子供達を左右に侍らせながら目の前に座る少年は話し続ける。 「こら千夏、千秋。むやみに語尾を連呼するんじゃないと言ったじゃないか。」 女の子、男の子それぞれの顔を覗き込みながら長男が言う。どうやら女の子は千夏、男の子は千秋という名前らしい。 「はぁい。」 「ごめんねお兄ちゃん。」 「…オイ長男。お前の名前はもしかして」 「あ、申し遅れました。菅谷 春彦と申します。」 「千春じゃねーのかよ!!!」 「よく言われます。でも、むしろ妹達に夏彦・秋彦じゃねーのかよとツッコむ方が正しいと思います。」 「女の子に夏彦は無いだろ。いや落ち着け、論点はそこじゃない」 「自分で話振った癖に…。」 「クセに~」 「クセ~」 「うるせぇ糞ガキ共!もう千秋は言葉の意味変わってんじゃねーか!」 のんびり茶を啜るガキ共に対して俺は酷く疲れていた。 「なぁ…こんな所で居候の交渉してるより早く他のアパート探した方が良いんじゃねえか?確かに今時家賃2万3千円なんて物件はなかなか無いけど、いくら何でも六畳一間に4人は暮らせない。つうか普通判るだろ。」 「ウチは母と僕達の4人で暮らしていました。」 「だからその母親だよ。何処にいるんだ」 「知りません。諸用で出掛けていきました。」 「諸用ってなんだよ」 「知りません。聞かないで欲しいと言われました。」 「…連絡先は」 「知りません。ケータイの番号が変わっていました。」 「明らか捨てられるような気がするんだがな」 「違います。諸用です。」 「シュヨーです」 「シャチョー」 「もう2人共意味変わってんじゃん。」 「こらこら、少し静かにしてなさい」 「ツッコミ間違ってんぞ長男」 「僕もまだまだ若いですね。」 ふぅと溜め息をつく長男に被せるように、俺は倍の大きさの溜め息をついた。 大学生のように見えたこの長男、春彦はまだ高校生らしい。言われてみれば、細い手足や中性的な顔立ちは大人びた顔の高校生とも思える。 だが、 「老けてる」 俺は即座に言い放った。大人びてるとか老成した雰囲気とかの問題じゃない。生活の疲れが全身から滲み出ている。どんな生活を送ってきてんだよ、と思わず不安になる。いかんいかん、情が移ってしまいそうだ。 「とにかく駄目だ。」 「お願いします。家賃も払いますし、家の中では決して物音は立てません。存在感を消します。」「無理だろそんなの。馬鹿な事言ってんじゃない。」 「あたしできます~」 「頑張ります~」 下から明るい兄弟の声がかかり、俺は困惑する。選択肢は1つしかない。追い出すに決まってる。ただ、真っ直ぐに見つめる6つの目に、俺は既視感を覚える。 何処かでよく似た瞳を、俺は見たことがある…。 「もし断られたら何処行くんだ。」 「とりあえず昨日まで寝泊まりさせてもらっていたバイト先にもう一度頼み込んでみます。」 「どこ」 「工場現場のプレハブです。」 俺は目眩がした。こんな寒い季節に小さな子供がプレハブで寝泊まりをしているなんて…。 「1週間だけだ。それまでに新しいアパート見つけてこい。見つからなきゃ警察に通報する。」 「あ、ありがとうございます!」 「ゴザイマス~」 「マス~」 勢い良く頭を下げる長男に俺は怒りをぶつけた。 「勘違いするなよ長男。俺は小さな子供がプレハブなんかで寝泊まりしてるのが許せないんだ。此処を出たらプレハブに行こうとか甘い考えしてたらブチ殺すからな。」 春彦は顔を強ばらせ俺を睨みつける。構わず俺は続けた。 「長男。これはお前の責任だ。」 春彦は頷いた。
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