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エピローグ
僕は町の人たちから「夕立さん」と呼ばれている。その理由は簡単で、夕立が降ると僕が現れるから。
夕立が降ると、僕の時間が止まり、夕立が降っている別の時間軸へ移動できる。
僕が粟井くんに初めて出会った日。君はまるで旧友に会ったかのように話しかけてくれた。戸惑ってしまったけど嬉しかったよ。
あの時は時間移動ができなかったから、君が以前も僕に会っているなんて分からなかったんだ。
高校生の粟井くんに会ってしばらく月日が経った夕立の日、あの猫が雨に打たれて衰弱してる時間に移動した。穴だらけの傘は忘れない。粟井くんは僕自身よりあの傘をよく覚えているようだったから、わざわざ数日後に移動して回収したんだ。
粟井くんは衰弱したあの猫を助けるために、手のひらで触れて温もりを分け与えていた。
声をかけて傘を貸すと言うと、猫を温めたままこちらを向いた。
「……おにいちゃん、だれ?」
他人を疑う事を知らない無垢な瞳が僕を見上げる。君は初めて会った時から、こんなに優しい顔をしていたのか。
「そうか……ようやく粟井くんと初対面になれたんだね。今日は記念すべき日だ」
君は黙って首を傾げた。あの日の僕もきっとこんな表情だっただろう。
「初めまして。自己紹介をしたいところだけれど、まだ君に名乗るわけにはいかないんだ。僕のことは『夕立さん』と呼んでくれればいい」
傘を差し出すと、粟井くんはやはり何も言わず、片手で傘をさし、もう片方の小さな手で猫を温め続ける。
雨が弱くなる。もうすぐこの時間から消えなければならない。
でも、ずっと晴れではない。君に降る雨は僕のところにも等しく降る。だからまたすぐに会うことを楽しみにしているよ。
了
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