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 学校の帰り道、夏の放課後はまだ昼同様に明るい。部活動にも参加せず、こんな明るい内から下校していると、なにかやり残しがあるんじゃないかと、今日の学校生活を思い返す。やり残しどころか、今日やったことを具体的に説明することさえ難しい。高校生ってこんなものでいいのだろうか。  こんな負の思考に浸っていると無言になってしまう。だから、唐突な話題を放り込んできて、建設途中の欠陥住宅を破壊してくれる能天気な友達の存在はありがたい。 「粟井、夕立さん知ってるか?」  同じクラスの蔦ヶ谷は自転車を押しながら並んで歩いている。下校時に自転車に乗っている姿をあまり見ない。時間に余裕のない朝がこの自転車の存在意義なのだろう。  この町で夕立さんの存在を知らない人はいない。それと同時に、夕立さんが一体何者なのか知り尽くしている人はいない。僕も例外ではないから、うーんと唸るだけで返答しなかった。  そんな僕の態度を気にすることなく、蔦ヶ谷は話を続ける。 「名前の通り夕立が降る時に現れて、傘を貸してくれるらしいんだ。借りたら夕立さんの出す指示に従わないといけない」  相槌を打ちながら聞く。やっぱり知らない情報もある。夕立さんと猫に会ったあの時、なにか指示された覚えはない。指示をもらえたらどれだけ救われたか……。 「他にもいろんな噂があるけど、その中でも一番あり得ないのが、夕立さんは二人居るってやつだな」 「……ふたり? 夕立さんってあだ名の人が他にもいるってこと?」  僕が返事をしたのが嬉しかったのか、蔦ヶ谷の声は少し弾んだ。 「そうじゃなくて、同一人物が二人いるってことだ」 「ドッペルゲンガーってこと?」 「まぁそういうことになるかな。俺もドッペルゲンガーのことは詳しくないけど……。自分のドッペルゲンガーに会ったら死ぬんだっけ?」  夕立さんは只者じゃない雰囲気はある。だが、現実的に考えるなら双子がいると考えるのが妥当だろう。 「夕立さんってどんな人だろうな。デカイらしいけど、二メートルぐらいあんのかな?」 「……君は会ったことないんだ」  言ってしまってから気づいた。今のセリフは夕立さんに会ったことがないと出ない言葉だ。  案の定、蔦ヶ谷は目を見開いて驚き、夕立さんについて根掘り葉掘り聞いてきた。隠すようなことでは無いから、橙色に滲んでいる小学生の時の思い出を話したけれど、語れば語るほど、抜け落ちている記憶を補強しようとして嘘をついているような感覚になる。 「……その時、助けた猫に会いたくない?」 「おお! まだ生きてるのか? 結構長生きだな」 「出会った時は子猫だったからね。いつも決まったところにいるから、たまに会いに行くんだ」 「いいな。モフモフしたい気分になってきた」  動物が好きなようで、蔦ヶ谷の興味は夕立さんから猫に移ってしまった。  僕は彼を連れて、あの川へ向かった。
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