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川沿いの道から国道へ向かう道へと別れる三叉路の手前の横断歩道ので、蔦ヶ谷は信号待ちをしていた。あの三叉路は車の通行量が多いが、横断する歩行者は少ないため、ボタンを押して待たなければならない。
信号が青に変わり、彼が一歩踏み出そうとした。
「蔦ヶ谷! 待って!」
僕が傘を振り上げると、彼の踏み出す足が止まった。
ちょうどその時、猛スピードで横を走っていったダンプトラックが、僕に水を撒き散らした。
「うわ!」
顔にも大量の水を浴びて、ほとんど前が見えなかったが、ダンプトラックはスピードを緩めず国道に向かう道を走って行った。
「ひどい運転だな。水ぶっかけといて、見向きもしない。粟井、大丈夫か?」
蔦ヶ谷が駆け寄ってきてくれた。
「平気だよ。これ以上濡れても変わらないからね」
「たしかに。俺も途中で急ぐのやめたよ。……その傘どうしたんだ?」
「……夕立さんに会ったんだ。これを貸すから、蔦ヶ谷を追いかけるようにって」
「俺を? なんでだ? 夕立さんって俺のこと知ってるのか?」
蔦ヶ谷のことを知っているかは分からないが、彼の身に起こる事件を予見していたようだ。もし僕が彼に声をかけなかったら、ダンプトラックが彼を轢いていたかもしれない。だが、なぜそんな未来を予見できたのか分からない。
僕は傘を開いた。脆いはずの擬似的な星空は10年前の記憶とほとんど変化していないように感じた。
「傘があるなら急いで帰ることもないな。せっかく川まで来たんだから、猫を見に行こうぜ」
蔦ヶ谷の提案に乗って、猫がいる所へ向かった。もしかしたら、夕立さんがいるかもしれない。色々と話が聞けるかと淡い期待を抱いていたが、橋の下には誰もいなかった。
そして、猫の姿もなかった。
「あれ、猫いないじゃん。どこいったんだ」
蔦ヶ谷は草むらの中を見たりしているが、あの年老いた猫は歩き回っていてもすぐに戻ってくる。それなのに、夕立が止んで日が沈みはじめても、猫は戻ってこなかった。
どこか遠い世界に拐かされたようだ。
「まぁ、どっか遊びに行きたい気分だったんじゃないか? また明日来たらいるかもしれないし、今日はもう帰ろうぜ」
言いながら帰りはじめた蔦ヶ谷について行く。なにも言うことはない。だから無言で歩いて帰る。きっともうあの猫に会うことはない。根拠はないけれど、そんな予感がした。
涙が出てきて俯いた。一粒出てくると止めどなく、嗚咽まで漏らしてしまう。
おしゃべりの彼も無言だった。明日になれば見つかると、気休めの言葉を繰り返すだけでもいいから、彼には明るく振る舞ってほしかった。
こんな時に、雨が降っていればいいのに。そうしたらきっと、大男がやって来て訳のわからないことを言いながら、穴だらけの傘を貸してくれただろう。それでよかったのに、今はカリカリと自転車が耳障りな音を立てるだけだった。
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