0人が本棚に入れています
本棚に追加
盤上にいる
5年後。
日比谷将は将棋会館の一室で、記者に囲まれていた。
将はまだ若いながらも、袴を着こなす青年として成長しており、プロ棋士になっていた。
「今回、接戦を制して見事竜王位を獲得しました。この結果を、誰に一番に伝えたいですか?」
「そうですね、私に将棋を教えてくれた祖父ですかね。今も天国で応援してくれていると思うので、まずは墓前に報告したいと――」
将は笑顔で応えた。
ふと、開いているふすまの向こうにある窓の外を見ると、強い雨が降っていた。周囲はまだ明るいから、夕立だろう。
将は記者の質問に対し、適切に応えながら、それを見ていた。
夕立を見ると、いつもあの夏の一時を思い出す。
高校二年の夏休みが終わった頃、将は再び将棋と向き合うために高校を休学し、結局は中退した。幸いにも、それからすぐにプロになることができ、ついに今回、初めてのタイトルを獲得した。
あれ以来、雨宮玲子とは会っていない。
いつかお礼を言いたい所ではあるが、そんなこと言われても困ると彼女は言うのだろう。
将自身、何をどう感謝すれば良いのかは、よくわかっていない。
きっと彼女は、今もどこかで意図せず誰かを変えている。
そんな気がする。
もしももう一度彼女と会える日があるのなら。
自分が負けだと思う事はしたくない。
雨宮玲子は、負けず嫌いである。
将も、そうでありたいと思っている。
最初のコメントを投稿しよう!