盤上にいる

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盤上にいる

5年後。 日比谷将は将棋会館の一室で、記者に囲まれていた。 将はまだ若いながらも、袴を着こなす青年として成長しており、プロ棋士になっていた。 「今回、接戦を制して見事竜王位を獲得しました。この結果を、誰に一番に伝えたいですか?」 「そうですね、私に将棋を教えてくれた祖父ですかね。今も天国で応援してくれていると思うので、まずは墓前に報告したいと――」 将は笑顔で応えた。 ふと、開いているふすまの向こうにある窓の外を見ると、強い雨が降っていた。周囲はまだ明るいから、夕立だろう。 将は記者の質問に対し、適切に応えながら、それを見ていた。 夕立を見ると、いつもあの夏の一時を思い出す。 高校二年の夏休みが終わった頃、将は再び将棋と向き合うために高校を休学し、結局は中退した。幸いにも、それからすぐにプロになることができ、ついに今回、初めてのタイトルを獲得した。 あれ以来、雨宮玲子とは会っていない。 いつかお礼を言いたい所ではあるが、そんなこと言われても困ると彼女は言うのだろう。 将自身、何をどう感謝すれば良いのかは、よくわかっていない。 きっと彼女は、今もどこかで意図せず誰かを変えている。 そんな気がする。 もしももう一度彼女と会える日があるのなら。 自分が負けだと思う事はしたくない。 雨宮玲子は、負けず嫌いである。 将も、そうでありたいと思っている。
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