フライヤー翻訳

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 うごけば、寒い(橋本夢道)  長年の夢であるクラクションの翻訳に成功した。  車のクラクションである。  私はクラクションが意思を持っていることに着目し、研究を重ね、クラクションの発する音を言語として捉えることに成功したのだ。  この翻訳が成功した時、私は喜びで胸が震えた。  しかし、そのあと翻訳した言葉を読んで、心底打ちのめされた。  その翻訳結果とは、クラクションの発する言葉のすべてがお父さんを呼んでいる、という結果だった。 「パパー、パパー」である。  ダジャレだ。  夢を見る時、夢の内容はその人の本質を表すというが、長年の夢のクラクションの翻訳の内容がダジャレだということは、私の本質はダジャレの好きなオッサンであるということを証明したに等しい。  心底ガッカリした。  もっと自分はイケてると思っていた。  このままではいけない。  私の本質はダジャレ親父ではないことを証明しなければいけない。  私はそれから、あらゆる音の翻訳に着手した。  しかし、案外、意思を持っている音というものがクラクション以外に見つからなかった。  どれだけ探しても見つからない。  あまりにも見つからないので、時に自分がダジャレ親父なのを決定づけないように、意図的に見落としているのではないかと疑心暗鬼になって、やさぐれたりもした。  そんなこんなを乗り越えて、探して探して、やっとひとつ意思を持った音を見つけることができた。  それはフライドポテトを揚げるマシン、つまりフライヤーがフライドポテトの揚げあがりを知らせるために鳴らすときの音だった。  よし、と私は早速フライヤーが鳴らす音の翻訳に取り掛かった。  数日掛けて翻訳が完了し、ホッと一息ついたところで、翻訳に熱中して忘れていた自分の本質に自信を持てない心が顔を覗かせた。  どうせ翻訳すれば「ポテト、ポテト」となるのだろう、と。  結局ダジャレでした、という結果が出て「ダジャレ親父」の烙印を押されるのだろう、と。  やがて翻訳の内容が手元に届いた。  私は意を決して読んでみた。 「セロリ、セロリ」  どっちにせよ、面白くはなかった。    おわり
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