解放

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柳華子(やなぎはなこ)」 「そう。じゃなくて。いつここに?」 「五日前。高校の頃バイトしてた居酒屋で常連客から『ミラノでは夏は雨が降らない』って聞いて、ずっと日本に居るより季節によって雨が降らない所に行って暮らせば良いんじゃないかって思いついた。だから今はここに居る」 「そう。って、そうじゃなくて。この部屋にいつ入って来たの?」 男はドアを指さす。 ドアには鍵がかかっている。 「あそこ」 華子はドアの横の壁を指さした。 小さな小さな穴が空いている。 「そんな馬鹿な。手すら通らないじゃないか」 男はハッとした表情になった。 「まさか……君……さっきの(カエル)……?」 「そう」 男は目を見開く。 「さあ今度はそっちが答えて。あんた、雨上がりの怪人でしょ?」 「え?ああ。そう呼ばれてるらしいね。うん、そうだよ」 男は混乱しているらしくぼんやりと答える。 「あんた、幽霊?この部屋は足音がするってパン屋のおばさんが言ってたし」 華子の問いに男の焦点が徐々に定まってきた。 今はきちんと華子を見ている。 「足音?それは僕だと思う。あちこちの廃墟とかを寝座(ねぐら)にしてるからね。ここも物置だった時から使ってるよ。幽霊ってのは違うと思う。ほら」 男が伸ばした手を握ってみた。 ちゃんと人間らしく、温かい。 手を離すと男はうつむいた。 「僕はね、気がついたら存在してた。大昔からだよ。でも雨が降っている時にしか僕の姿は見えない。それから、雨に濡れた場所ならどこでも通れる。乾いたら駄目だけどね」 「ふぅん。だから雨上がりの夜に濡れた建物に侵入出来るんだ?で、誰にも見えないんだ?」 「うん。昼間に侵入も出来るけど。それはしない。人と関わるのはもう面倒だから」 「ねぇ、水溜まりから水溜まりへ移動できたりもするの?」 「うん」 「世界中どこでも?」 「うん」 「うらやましい」 「でも死ねない」 「良いじゃん」 「良くないよ」 「私はいつも踏まれて死なないように気をつけてるから、うらやましい」 「君こそ何者なの?妖怪?蛙女?」 「そうかも。お母さんもお婆ちゃんも同じだった。踏まれて死んじゃったけどね。雨に濡れると蛙になる。乾いたら人間に戻る」 「そう。死ねるんだね」 その言葉に華子は腹立たしくなったが、男を責める気にはなれなかった。 自分も同じだと気づいたからかもしれない。
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