用心

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用心

まだ滞在五日目だ。 『夏は雨なんて降らない』 あの旅好きオヤジ(・・・・・・)のしたり顔を思い出す。 ゴロゴロと唸り始めた灰色の空を見上げ、華子(はなこ)は走り出した。 風は無いがショートの髪がなびくほどに全力疾走で。 リュックには折り畳み傘は勿論、カッパや雨靴まで入っている。 華子のリュックはいつもパンパンだ。 小柄で童顔な外見も相まり、家出少女と間違われ警官によく声をかけられる。 ここミラノでは昼間でも未成年だと間違われるが……。 傘を取り出そうかと一瞬迷ったが、下宿先のアパートまでこのまま走り続ける方が良いと判断した。 (ギリギリセーフ) 入り口のドアノブに手をかけたところで妨害が入った。 一階のパン屋のおばさんに腕を掴まれたのだ。 「ハナコ、雨が降るよ」 (だから急いでるんだけど) ここに来てから食の支えはこのパン屋であり、おばさんは華子に親切だ。 21歳だと伝えてはいたが、やはり子供に見えるのだろう。 バイト先のレストランの人達以外では、華子にとって唯一交流のある人間だ。 無下には出来ない。 余ったパンをタダでくれるのだ。 「ハナコ、雨が降るよ。わかる?雨だよ?あーめ」 華子は何度も頷くがおばさんは離してくれない。 「いい?戸締りはしっかりね?近頃は物騒なの。特に夕方に雨が降った夜は」 (雨上がりの怪人、か) その話題は華子も知っていた。
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