11人が本棚に入れています
本棚に追加
「出かけるのも億劫だ」
窓に映る男の表情にはどこか見覚えがある。
でも、華子はこの男を知らない。
「世界はさ、広いくせに窮屈だ」
(あ。そっか)
華子は気づいた。
この表情は鏡の中の自分と同じである。
朝の洗顔の時、就寝前の歯磨きの時。
毎日見る、自分とそっくりなのだ。
「もうほとんど見尽くした。懐かしい物や美しい物。面白そうな人達も。でもみんな飽きちゃった。だけどじっとしてらんなくて。どうして色んな場所に忍び込むのか、自分でもわからなくなっちゃって。意味はないけど行かなきゃ、って感じ」
(こいつ、もしかして……)
「ああ、でも。こうやって久しぶりに誰かと喋って……。うん、わかったかも。君のおかげだ」
男は寂しそうに笑みをたたえている。
それに『君のおかげだ』と言っておきながら、ちっとも華子の方を向きはしなかった。
「じゃあ、やっぱり今夜も頑張って出かけるよ。そうだな……図書館が良いかな……。うん。古い本には載ってるかもしれない。死ぬ方法が」
華子はヒョイと窓から床へ飛び下り、バスルームへと向かう。
開きっ放しのドアから中に入り、カゴの中のバスタオルに潜り込んだ。
それからタオルを裸の体に巻きつけ、男の元へ戻る。
「あんたが雨上がりの怪人?」
「へっ?」
男は仁王立ちの華子を見た。
目をぱちくりさせ、呆然としている。
少し間があって、それからようやく男は訊いた。
「君、誰?」
最初のコメントを投稿しよう!