名前はいらない

5/11
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 お腹がいっぱいになり、ハチさんの家の近くの公園のベンチで休んでいると、風が吹いた。生ぬるい風だ。ボクは毛づくろいをやめ、体を起こした。耳を立て、音に意識を集中する。雨がくる。どこに身をかくそうか。首を回して、雨をしのげそうな場所を探す。  すべり台の下。横から風が吹きこんできそうだ。  ブランコの下。論外。  土管があれば一番いいけど、ここにはない。  考えているうちに、冷たいものが背中に当たり、ボクは体をふるわせた。空から雨つぶが落ちてくる。  とりあえずベンチの下にうずくまる。木でできたベンチはすきまがあいていて、水滴がしたたり落ちてくる。地面ではねかえった雨が、ボクの足をぬらした。風が吹き、ぬれたボクのからだから、熱をうばっていった。世界は、地面に当たる雨の音にうめつくされた。  寒い。ボクはからだを小さくして、目を閉じる。  母さんがいなくなったのは、こんな日だった。数日前の記憶が、あざやかによみがえる。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!