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 雨がたくさん降っていた。前が見えないくらいに降っていた。 「ここよりもぬれない場所を探してくるわね」と、植え込みを飛び出していった母さんは、クルマにひかれてしまった。  空をとぶ母さんを見て、ボクはこわくて、こわくて、体が動かなかった。見たくないのに、目を閉じることはできなかった。たぶん、びっくりしすぎたんだと思う。  ぐったりした母さんは、クルマから降りてきたニンゲンに連れていかれてしまった。ニンゲンはとてもあせった様子だった。そこから母さんには会っていない。  ボクは、記憶を外におしだすように、かたく目をつむった。大丈夫。これはユウダチだから。すぐに止むはずだ。少しがまんすれば、また晴れる。 「だれか」  勝手に口が動いていた。  ――だめだよ。ボクは一人で生きると決めたじゃないか。一人でいれば、失うものなんてないんだから。ボクはなににもしばられない、自由なねこなんだ。期待しなければ、望まなければ、落ち込むこともないのに、どうして。 「ねこ!」
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