恋愛豪雨

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

恋愛豪雨

夏休みは信聖といっぱい遊ぶって、小雨がじめじめと降り続く六月から約束していた。まず私の家まで迎えにきてくれて、家の近くの神社でお揃いの恋愛のお守りを買った。私は神社とかお守りが好きだけど、信聖の家は厳しくてお小遣いも少ないから無理強いはしない。だけどこれだけは買いたいって言ってくれたんだ。離れた後、ランドセルにつけようと言いながら石段を降りる私を見て微笑んでいた。 その後は駄菓子屋さんでお菓子を食べたり、私が持ってる携帯で動画を見て、日差しが強くなり出したから信聖の家に向かった。私の家とは反対の地域を進み、山の裾にぶつかった。そこで神社の前を通りかかったんだ。 「家の近くにも神社があるんだ。ここにはお守りはないの?」 「うーん、ここには入っちゃだめって言われてるんだ。初詣もわざわざ離れた神社に行ってる」 神社には目を向けず、困った様子で言う。古くて危ないのかなと思うとおばあさんが出てきた。 「あれ、ここ入っちゃだめなんじゃ……」 私が思わず言っておばあさんは驚いた後、薄く笑った。 「ああ、彼は入らないけどお嬢さんは入れるよ」 土俵とは逆に女の人しか入れないのかな。女子に優しそうで願いを叶えてくれるかもと思ってしまったけど、二人で入れる神社のお守りがあるもんね。 「そうなんですね、ありがとうございます」 教えてくれたおばあさんにお礼を言って歩き出す。神社の横の暗い道を通ったら、すぐにここだよと指を指した。すぐ裏だった。こんなに近いのに初詣に行けないなんてもったいない。 まずお邪魔しますと挨拶して、人の気配がない居間を抜ける。お母さんか誰かに知らせた方がいいかなと思ったけど、信聖は構わず自分の部屋に向かう。図工で作ったネームプレートのある部屋に入り、数歩進んで座る場所を探る。白の低い机のそばに座ろうと思ったけど、本棚が目に入ってついつい見てしまう。占いやファッションのキラキラした背表紙に溢れた私の本棚と違って、漫画や子ども向けの小説、省庁の役割とかの勉強になる本と色々な分野に広がっていた。 読んでもいいよと言われたけどせっかく来たんだから信聖と話したい。首を横に振って向き直る。信聖は納得して、麦茶持ってくるから待っててねと部屋を出て行った。 そして戻ってきた信聖とはお菓子を食べつつ普段通りの話をする。派手な話なんてないけど、二人で気を使わずに笑って、それだけで時間を使える。学校で見せる姿で好きになったのに、ボトルを持ちにくそうにしていたら代わりに注いでくれるし、壁にもたれた私にクッションを差し出してくれて、本棚もそうだけど知らなかった姿を見て更にときめいてしまう。私の心は熱くなって窓の外も熱を上げる。薄いカーテン越しに目を照らされながら、外にいなくて良かったと思う。 楽しい時間はいくらあっても足りないのに、時計の針は残り時間を期限の五時に追いやっていく。 「今日は暑いから夕立が降るかもしれん。早いとこ終わらせなさい」 心の熱にのぼせていたら、やってきたお父さんに夕立の存在を知らされて熱が抜けていく。帰りたくなくて微妙に残ったお菓子を消費し重い手つきで荷物をまとめていたら、雨音がやってきた。 遅れてお父さんが来て、すぐに止むだろうからそれまで待ってなさいと言われて、お母さんに帰り遅くなるかもと一方的にメッセージを送ると、信聖の肩に寄った。 最初は時間を延長したと呑気に喜んでいたけど、雨は一向に止む気配がない。痺れを切らしたお母さんの通知音にめんどくさいと思いながら開くと、車で迎えにいくと来ていた。地図に強いお母さんは雨でもそれほど時間をかけなかった。思った通りの時間に門の前なやってきて、また明日と言って雨に濡れたドアに手をかけた。 強い雨が降っても日が変われば炎天下。次の日は喫茶店でパフェをお供に宿題する。今日も夕立が降るかもしれないから三時には帰ると言うけど、そんな暑い中帰らなくてもいいじゃんと引き留めた。四時までは家にいたらいいよ、夕立が降ったってお母さんが送ってくれるし。彼は苦笑いしながら外の様子を見て考えるよと言った。賛成してくれないことに不安になったけど、心の奥底では一緒にいたいと思ってることにした。好きな人と一緒にいて嬉しくないときなんてないもんね。楽しく過ごしていれば後ろめたさなんて消える。 そんな思いを胸に私の部屋へ入れ、信聖の家にないゲーム機を持ち出して遊ぶ。ゲームはあまりしないらしいのに思いの外早く馴染み、負かされることだって嬉しかった。 雨は狙ったように昨日より早く降り出す。降っちゃったねと足止めしてくれる雨に喜ぶ。少し待ってやっぱりお母さんの車を使った。 雨は夜になっても降り続いて、朝に雲を置いて行った。今日は涼しいから傘を持てば外で遊べると思って電話をかける。すると信聖は連日の雨で土砂崩れが起きるかもと不安そうに話をした。信聖の家は心配だけど、ここは馬鹿みたいに晴れてて土砂崩れの心配もないのにと言っていたら、この辺りの上流から愛莉の方まで水が流れてくるかもと気にかけてくれた。私がときめくと日差しが強くなった。 案の定強い雨が降ってきて、信聖の地域は避難を始めたらしい。いつも恋で機嫌が良くなると外が暑くなって、そのせいで夕立が起きるし、雨を喜んだ私のせいかもと思ってお守りに無事を祈り、次の日はいてもたってもいられず避難先の学校へ向かった。中に入ることはできなくても外に出てもらって一目見たい。携帯のない信聖をどう呼び出すか迷っていると、おばあさんに声をかけられた。 「あ、神社にいた……」 「はい。あの子の確認かなと思って」 頼りなく伺うおばあさんを見て不安になる。けど私がうなずくと少し嬉しそうにして一緒に避難していることを教えてくれて安心した。おばあさんは慣れない集団生活が不安で少し外に出ていたらしい。 「早く雨止んでほしいですね」 思わずそう口をついた。 「そうですね、私がいるのにどうして……」 雨なんて人の他にはどうしようもないのに、どこか確信を持って言うから戸惑った。私の反応に気づいてそんなこと言われても困るわよねと肩をすくめる。 「もう十二歳にはなるのよね……」 少し考え込んでから、怖いところもあるけど雨の昔話、聞きたい?と言われ、強くうなずいた。 雨宮富士の神社と信聖の近くの若龍神社は仲が悪い。信聖の地域は昔から雨が多く、人を供物にしてなんとか収めようとした。雨宮富士の神社にはかつて供物だった女の人がいて、晴れ女として唯一道中に晴れさせ帰還を果たした。元の神社に仕えながらも若龍神社に通い、世話を焼いた。しかし彼女の死後再び雨が降るようになり、再び供物を捧げることになった。雨は止んだけど昔の神社の管理者は呪われて神社を手放し裏に家を建てた。おばあさんは最後の生贄で、生贄は行き場がないから神様の言葉で神社の管理を引き継いで生活。神社の管理者は信聖のご先祖様だった。 雨宮富士は私たちがお守りを買ったところだ。お守りを返して許してもらわないといけない。だけどお守りを返したら二人を繋ぐものが無くなる気がした。楽しい時間を過ごしたのに別れてしまったら何も証明するものはなく、過去に置いてきぼりになるのが嫌だった。でもそんなことは言ってられない。 「雨宮富士のお守りを二人で買ってしまったんです。返さないと……」 「なんてこと……」 重く告げると、おばあさんは慌てて信聖を連れ出してきてくれた。信聖は大事なものとして避難所に持ってきてくれたみたいで嬉しかった。これを返さなければいけないんだ。心を痛めながら駆け出した。 雨宮富士の方へ降っていく間、河川に近づくなと警告する車が抜けていく。帰り道に不安を覚えながら早足で進む。無事に雨宮富士の階段の前にたどり着き、濡れた石段に着実に足を乗せていく。神社は暗く淀んでいるように感じる。いたたまれなくなりながら箱に向かい、後ろ髪を引かれる前に思い切って滑り落とした。神様の道を踏まないよう気を張りながら歩き、神様の前に立つと作法に従って声を上げた。 「知らなかったとはいえ、怒らせてしまい申し訳ありませんでした!」 そう言って一息つくと、雨音が静かになった気がした。細かくなった雨粒のように空気も少し柔らかくなった気がする。 雲の切間から日が差し込んできた。安心して離れ、階段に差しかかりながら次はどこのお守りにしようと考えた。するとたちまちのうちに大雨が叩きつけてくる。雨から逃れ、神様に謝るために屋根の下へ駆ける。奥知れない格子に向き直るけど、どうすればいいのかわからなかった。別の神様のお守りを欲しがったから怒ったのはわかるけど、二度も怒らせて許してもらえるか不安になった。心なしか豪流の音が聞こえる。メガホンが声を上げ、水が溢れる、土石流の危険がある、と直ちに避難を呼びかけている。今も信聖たちの山が削られ続け、ここまで危険に晒されようとしているんだ。もう後はない。自分の帰りさえ怪しく思える。 「氏子の私が彼と幸せになるのが許せないなら……私はもう彼と恋はしません。寂しくったってよりを戻したりなんかしない。大事な人なんです、だから……命だけは見逃してください……!」 神様の目は欺けない。地域を……そして信聖を助けるなら本気にならなければいけない。 「すまなかった」 向こうの山の方からやまびこのように聞こえた。 「会えないことに嘆くのはやめる、生贄の女を哀れんで娶るのはやめる。私はお前だけを思って生きていく」 男の人の声を聞き届け向き直ると、格子の前に神々しい女の人が立っていた。静かに両手を広げ、そばに土の雨が降ってきた。あまりの激しさに目をつぶり、音が止んでから目を開くと、広げた両手で一息に土や枝を寄せ集め、微笑んで高く積んだ山を抱きしめた。優しく光ってたちまちのうちに消えた。 空は晴れ上がり、恐る恐る出て階段から見下ろした川は、思っていたよりも大人しかった。 力の抜けた足取りで家に戻ると、お母さんが心配して避難用かばんが置かれた玄関に出てくる。一時川が溢れるといって避難準備を始めていたところ、急に水嵩が落ち着いた。私と入れ違いに来たご近所さんは、油断はできないけどついさっきの切迫した状況からは嘘みたいだと思ったらしい。それからも雨は降らず、天気予報でこれからしばらくは晴れ続けると言われた。 次の日は予報通り晴れ、セミの泣き声が遮られることなく真っ直ぐに届く。まだ澄んだ日差しの午前十時に避難先の学校へ向かった。私の電話に応じて門の外で待ってくれている。生きていることはわかっていたけど、あの危機を経て立っていることがすごく嬉しい。なんとか無事に終わってよかったけど、嫌われてしまったらどうしよう。夏休み中散々困らせ、最終的にはこんな大惨事を引き起こしたんだから、それも仕方ない話だった。 心して歩みを続ける。私の姿を見つけると、鏡写しのように喜んでくれた。 「雨宮富士に連れて行ってごめんね。早く帰ればよかったのに離れたくなくて……いっぱい困らせてごめんね」 悪いと思う気持ちは言葉にしきれない。いっぱい困らせて愛想もつきそうなのに、優しく抱きしめてくれる。 「お父さんは言葉足らずで……神社に入っちゃいけないだけで終わらせず、理由をちゃんと聞き出しておけばよかった。一緒にいたいと思ってくれたことはとても嬉しかったよ」 心に熱がにじみ出す。もう離れる気なんてなくなったけど、雨宮富士の神様は怒ってないよね。 こんなに好きになったら別れた時の寂しさは大きいとわかる。でももう恐れない。積み重なった気持ちは私の心を厚くしてくれるんだ。必死に繋ぎ止めなくたって、恋してきた気持ちは私の心からどこにもいかない。失くす不安から解き放たれ、遠慮なく今を楽しむことができる。 「私も宿題頑張るからさ、また落ち着いたら遊ぼうね」 「わかった。……あーあ、僕の部屋無事だから宿題も生き残ってるんだよねー」 思い出して残念そうに腕を頭の後ろに回した。そう言いながら毎年宿題を計画的に済ませているし、たとえ台無しになっても結果は変わらなさそう。 今考えることは、彼のようにちゃんと宿題をして一緒に遊べるようにすることだけ。一番良い時間を過ごすため、私は頑張れるよ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!