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「うわ、まじかっ雨かよ!」
「ほんとだー」
「『ほんとだー』じゃねえよ! 走れ! 濡れる!!」
「もう無理じゃない? この雨の強さだとさ、それに雨宿りできる場所なさそうじゃん」
そう言って辺りを見回す彼女に倣い、雨の勢いで視界が霞む中、周囲を見渡した。見渡す限りの河川敷には遮蔽物は何もない。数十メートル先にある橋脚のふもとまで行く頃には全身ずぶ濡れだろう。
日中の殺人的な陽射しが照りつけた真っ青な空は、一瞬にして曇天に変わり容赦なく雨粒を叩きつけてくる。数十秒前に降り出した雨の勢いは最初からフルスロットルで、すでに下着まで濡れてる時点で雨宿りの意味はないに等しい。
雨で額にはりつく前髪を払いながら、どこか上機嫌の彼女の手を取った。
「なんでそんなに楽しそうよ」
「えー気持ちよくない? 部活の汗も流れたしサッパリしたというか」
「……服、はりついて気持ちわりいよ」
「そう? わたしは結構好きだけどなあ」
土手にできた水たまりを率先して歩き、「楽しいね」という言葉を半ば呆れながら聞いていた。
靴からは水の中を歩いているかのようにグシャグシャと音が鳴り、背負っていたリュックは水を含み重さが増す。手を引く彼女は雨を楽しんでいるので思ってる以上に先へ進まない。
橋脚が遠い。
「もう少し早く歩けよ」
「でももうやむと思うよ?」
「なんで」
「だって雨足弱まってきたし、ほら。東の空が明るいじゃん?」
彼女の指差す先を見ると、たしかに明るい。オレンジがかった夕焼けの色が垣間見える。何よりあの雨の勢いが嘘のように弱まってきていた。空は未だに灰色の分厚い雲に覆われているが、雲の流れが思った以上に早く次々と流れていく。
その光景をぼんやりと眺めていると、ふと視界が覆われて何も見えなくなる。顔にかかった物を手に取ると、湿ったタオルだった。それを顔にかけてきた彼女を見ると、にっこりと笑って腕にしがみついてくる。ひんやりとした肌の感触が心地よい。
「『夕立や はちすを笠に かぶり行く』」
「……はあ?」
「『正岡子規』の俳句、この前授業でやったんだ」
「で、意味は?」
「夕立の中をハスの葉っぱをかぶって歩く……みたいな? 感じ?」
「俺に聞くな俺に」
「だからタオルかけてみた」
ふふっとはにかんで笑う彼女の肩を抱き寄せて、あまり意味をなさないだろうタオルで顔と、髪もついでに拭いてやった。
そしてふと目の端に映ったものを追って視線を上げていく。自然と頬が緩むのがわかった。
「なあ、もっといいものがかかってるぞ」
「なにが?」
「上。見てみろよ」
いつの間にやら小降りになった空には、雲の隙間から虹が顔を出していた。2人で見上げて、顔を見合わせ笑い合う。
「夕立や 虹かかる空 2人歩く。字余り」
「いいんじゃねえの? わかりやすくて」
指を絡め、虹を眺めながら土手を歩く。
夕立も悪くない——。
少しだけ正岡子規が読んだ句を理解できた気がした——ほんの少しだけだけど。
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