0人が本棚に入れています
本棚に追加
ゆうくんは俺の友達だ。本当は存在しない。
俺はひとりっこで、小さいころはしょっちゅう熱を出していた。一回ばっと熱が上がって、次の日になればだいたい下がるんだけど、しばらく休むことになる。そういうとき、気が付くとゆうくんがそばにいた。ゆうくんの顔は見えない。布団から手を出すと、そっと握ってくれる。ゆうくんだ。ゆうくんがいると、いつも安心できる。不安でも、寂しくても、ゆうくんがいる。だから大丈夫。
いつからいてくれたのか、どうしてゆうくんという名前になったのかも覚えてない。ただ、気が付くとそこにいて、ああ、ゆうくんだ、と思っていた。
熱を出したときだけじゃない。小学校で友達にすごく些細な、多分好きな漫画とか消しゴムの使い方とかで喧嘩して、少しだけ仲間外れにされて、休み時間に一人で机に座っていたとき、俺の後ろにはゆうくんがいた。背中にそっと触ってくれる。俺は振り向かないけど、ゆうくんが俺を見ているのがわかった。だから、一人だって平気。
優しいだけじゃない。俺が母親に、宿題をやったと嘘をついて怒られたときも、ゆうくんはそこにいた。俺のことをじっと見ている。嘘をついてはいけないって。俺はいい子じゃなきゃいけないって思う。母親に謝る。母親はそういうときだいたい泣いていて、俺は母親が怖いと思う。ゆうくんは俺の手にそっと触れて、いなくなる。
今はもう、ゆうくんには会えない。いつからか、現れなくなった。俺が必要としなくなったからかもしれない。一人でも漫画を読んだりゲームをしたりスマホを見たりとか、そういうことふうに時間を埋められるようになると、もう来なくなった。もうああいう子がいたなあとぼんやり思い出すだけだ。本当に子供のころに感じてたわけじゃなく、大人になってから見た夢と混ざっているような気もする。もう会えない友達。本当にはいない友達。いたことも確かじゃない友達。
そのゆうくんのことを、久しぶりに思い出した。
「あ、」
と、母が声をあげた。一年ぶりの実家。ワイドショーではしんみりとした雰囲気で、芸能人のSNSで発表した文章をナレーションとともに映し出している。仲のいい夫婦として知られているカップルの話だ。
「そうかあ。死産かあ」
うんうん、と、母は頷く。
「これだけ月数が進んでたらねえ。体もつらいし、可哀想にねえ」
言いながら涙ぐんでいる。俺はいい年して死産どころか妊娠にも結婚にも現実味を感じられないので、そうかと思って菓子を食べた。かりんとうなんか実家じゃないと食べないが、たまに食べると結構うまい。
「あんたは元気でよかった」
「おかげさまでね」
「あんたの前に、男の子いてね。七カ月でね、死産だったんだけど」
初めて知った。それで、ああ、なるほどね、となった。子供のころ妙に過保護だったことも、ゆうくんのことも。本当にそうかはわからないけど、すっと納得がいった。不安な時傍にいてくれた、俺の友達。
ふと背中に、ゆうくんを感じた。久しぶりのゆうくんだ。俺のことをじっと見ている。いい子でいなくちゃいけない。そういう気持ちを感じる。そうだね、と、俺は思う。
俺はかりんとうの滓のついた手を拭って、母の背中をそっと撫でた。
最初のコメントを投稿しよう!