第一章 峰山修司

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 死の瞬間、人はどんな夢を見るのだろうか?  苦しみから解放される夢か?  愛した者を憂う夢か?  満足感に満たされる夢か?  心残りに想いを馳せる夢か?  楽しいのか?  苦しいのか?  いずれにしろ、死んだらそこで終わりだ。人生の喜びも悲しみも、全て停止する。その先に、どんな幸せが待っていたかもしれないのに、それが全部ふいになっちまう。  ふいにしちまう。  自殺という行為であれば尚更だ。もらったプレゼントの中身を確認もせずに、どうせロクな物じゃないだろう、と捨てている。せっかく親がくれた人生という名のプレゼントなのに……  どうして死ぬ?  どうしてそんな事も判らない? 「峰山さん」  四号線、新宿大ガード西の交差点。信号待ちをする車内で、部下の栗田はハンドルを握ったまま俺に呼びかけた。 「どうしたんですか? ぼうっとしちゃって」  俺は振り返らず、助手席から朝の日差しに照らされた新宿の町並みを眺めている。  朝の通勤ラッシュという都会特有の代物へと向かう人々。  そこから出て来る人々。  疲れた顔も見せずに、皆一様に、無表情に、足早に行き交っている。 「なあ、栗田……」 「はい?」 「この中の、何人くらいの人間が死にたいと思っているか、おまえ判るか?」  栗田は、困ったような顔を俺に向けた。 「峰山さん、ずいぶんとナーバスになってますね。自分みたいな若い奴ならともかく、峰山さんくらいのベテランの刑事がどうしたんですか?」 「今の若い奴ってのは、淡白なんだな」 「いや、そういうわけじゃ……」 「俺の娘とも、そんな淡白な付き合いなのか?」 「そんな訳ないじゃないですか。愛さんと自分はラブラブですよ」  にやけた顔を作る栗田。  同時に、後ろのトラックがイラついたようにクラクションを鳴らした。 「青だ」  俺が言い、栗田は慌ててハンドルを握りなおして車を走らせた。  俺は、再び朝日が照らし出す新宿の町並みに目を向ける。 「今月で八件目か。世も末だな……」  吐き捨てるように、俺は呟いた。  今、世間を騒がしている『新宿連続自殺事件』。俺たちはその現場へと向かっていた。
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