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死の瞬間、人はどんな夢を見るのだろうか?
苦しみから解放される夢か?
愛した者を憂う夢か?
満足感に満たされる夢か?
心残りに想いを馳せる夢か?
楽しいのか?
苦しいのか?
いずれにしろ、死んだらそこで終わりだ。人生の喜びも悲しみも、全て停止する。その先に、どんな幸せが待っていたかもしれないのに、それが全部ふいになっちまう。
ふいにしちまう。
自殺という行為であれば尚更だ。もらったプレゼントの中身を確認もせずに、どうせロクな物じゃないだろう、と捨てている。せっかく親がくれた人生という名のプレゼントなのに……
どうして死ぬ?
どうしてそんな事も判らない?
「峰山さん」
四号線、新宿大ガード西の交差点。信号待ちをする車内で、部下の栗田はハンドルを握ったまま俺に呼びかけた。
「どうしたんですか? ぼうっとしちゃって」
俺は振り返らず、助手席から朝の日差しに照らされた新宿の町並みを眺めている。
朝の通勤ラッシュという都会特有の代物へと向かう人々。
そこから出て来る人々。
疲れた顔も見せずに、皆一様に、無表情に、足早に行き交っている。
「なあ、栗田……」
「はい?」
「この中の、何人くらいの人間が死にたいと思っているか、おまえ判るか?」
栗田は、困ったような顔を俺に向けた。
「峰山さん、ずいぶんとナーバスになってますね。自分みたいな若い奴ならともかく、峰山さんくらいのベテランの刑事がどうしたんですか?」
「今の若い奴ってのは、淡白なんだな」
「いや、そういうわけじゃ……」
「俺の娘とも、そんな淡白な付き合いなのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。愛さんと自分はラブラブですよ」
にやけた顔を作る栗田。
同時に、後ろのトラックがイラついたようにクラクションを鳴らした。
「青だ」
俺が言い、栗田は慌ててハンドルを握りなおして車を走らせた。
俺は、再び朝日が照らし出す新宿の町並みに目を向ける。
「今月で八件目か。世も末だな……」
吐き捨てるように、俺は呟いた。
今、世間を騒がしている『新宿連続自殺事件』。俺たちはその現場へと向かっていた。
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