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「な……んだ……?」
俺は息を飲んだ。
その子は、小さな口を小さく開けて、何かを俺に言った。しかし、やじ馬共の喧騒にその声はかき消され、俺の耳までは届かなかった。
俺は、思わずその子に手を伸ばした。
が、そこで俺は名前を呼ばれた。
「峰山、栗田、こっちだ」
俺の上司である刑事課長の牧さんの声だった。栗田が直ぐに返事をした。
「すみません、遅くなりました」
栗田は、やじ馬共を制止する制服警官達の間をすり抜け、現場に張られている規制線の外に立つ牧さんの下へ急ぐ。牧さんが規制線の外に立っているという事は、まだ現場鑑識は終わっていないらしい。
もっとも、鑑識の結果など待たなくても判っている。早朝、自宅でまだ寝ていた俺の携帯にかけてきた牧さんの第一声が――
「まただ……」
――だったのだから。
嫌でも一瞬で目が覚めるあの陰鬱な声。牧さんもその時はまだ自宅だったようだが、自殺死体の様子の報告は受けていたようだった。だから「まただ……」という言葉が出たのだろう。あの事件に関連した自殺者は、死体を見れば直ぐに判るんだ。
まったく、どうかしてる……
いや、それよりも今はあの子供だ。
「峰山、どうした?」
やじ馬の中の子供に気を取られながら現れた俺に、牧さんは不思議そうな声を出す。俺は振り返って、
「いや、子供が……」
と、言いかけて、また子供の方に視線を直す。
だが、すでに子供は消えていた。
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