大切なあの子の話。

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大切なあの子の話。

僕の想いは届くことなく残っている。 君にはもう届かない。どれだけ手を伸ばしても会いたいと願っても、もうこの想いは届かない。 君と僕が初めて会ったあの日から僕の人生は君だけを写してた。もちろん友達も家族も大切なものはあったけど、僕の世界は君を中心に回っていた。いや、今も回っている。 君はいつも言っていた。「僕は生まれてくるはずではなかった。生まれてはいけなかった。そして間違えだ。」 でも、僕はそんなことないと思う。 君は2人の兄がいた、でも彼らは君とは似ていない。なぜなら、父親が違うから。 君の兄2人は僕たちが通うピアノ教室で有名だった。君と並んで見た2人の連弾の感動と衝撃は忘れることはないだろう。 君の兄2人の父親は有名な企業で海外にも進出しているような会社の社長だった。だから君が生まれてくるまでは君の家族は海外に住んでいた。でもその輝かしくて幸せな日々は終わってしまった。その父親が亡くなってしまったから。 彼らが日本に戻ってきたときに君は生まれた。君は君の母親がレイプされて出来た子だった。だから誰もが君を望まなかった。 君はそれでも精一杯生きようとした。 なのに神様は意地悪だ。 君は生まれつき心臓が悪かった。君の母親は愛する人を病気で亡くしたから怖かったんだ。君も消えてしまうのが。だから君は初めからいない存在になってしまった。 君は母親に女の子として育てられた。毎日スカートを履いて、髪の毛を伸ばした。 君は自分の変化に戸惑った。自分は女のはずなのに、男にしかないものを持っていて、だんだん男らしいものが好きになっていた。 ある日、君は母親に打ち明けた。 「髪の毛を切りたい。」 その日から母親は変わってしまった。 君は本当にいなくなってしまった。ご飯も用意されず、目が合うこともなくなった。君は自分の発言に後悔した。 君はそんな母親から逃げ出して歳の離れた兄2人と暮らし始めた。君が13歳、兄は25歳と23歳のときだった。 君は兄の姿を追い続けた。聡明で美しい2人になりたくて髪の毛をバッサリ切った。 初めて耳に髪の毛がかからなかった。それと同時に今までしてこなかったスポーツも始めた。心臓が悪い君は試合に出ることもなかったけど中学3年間はやり遂げた。 学生生活が充実しても家庭が充実することはなかった。初めて髪を短くしたあの日から母親に会えなかった。君は怖かったんだろう。ひどいことをされても愛する母親だから。母親の望まない姿の自分が。 母親と打ち解けることなく君は中学を卒業した。 母親に会えなくても、君は母親の理想であろうとしていた。 高校生になった。君も僕も。この頃が一番楽しかった。毎日のように連絡を取り、お泊まり会をしたりお揃いの服を着たり。 君は通信制の高校だった。そこでは上手くやっていけた。女の子の格好をしていても周りの子は受け入れてくれた。 君は嬉しかったんだろう。君の人生で一番輝いていた。 高1の冬、君に彼氏ができた。それは君の実の兄だった。世間から見れば受け入れられないその恋。僕も応援できなかった。 だって僕は君が好きだから。 君は毎日幸せそうで、僕に嬉しそうに話してくれた。僕はそれを聞くたびに胸が苦しくて笑えなくなった。そんな僕を心配して君は大切なことを僕に打ち明けなかった。 高2の春、君は僕の学校に転入してきた。君の賢さなら僕の学校なんて簡単だったのだろう。特待生だった。 でも君はすぐに来れなくなった。 高2の5月、君は倒れた。その時初めて僕は君の命が1年持たないことを知った。 君が転入を決めた理由。それは最後だから好きなことに挑戦するため。 君は学校に来なかった。そして連絡も取れなくなった。 君は6月に退院してから監禁されていた。君の兄はおかしくなっていた。君が消えてしまうのが怖くて家から出さずに閉じ込めた。 君は好きなことをしたいと脱走を図っては暴力を振るわれていた。でもそれに誰も気がつかなかった。1ヶ月間も。 君が保護されたとき、君も君の兄もボロボロだった。身も心も。 君は親戚に引き取られ、君の兄はもう一人の兄に。バラバラになってしまった。 君の兄は君から離れるため、会社を継ぐために海外に行くことになった。君は反対した。「置いていかないで。」と。でもそれは叶わなかった。 君は兄のこともあってさらに弱っていった。何度も入院と退院を繰り返した。 その頃、僕と君はもう友達ではなかった。僕の前から消えた君を、僕を頼ってくれなかった君を、僕は受け入れられなかった。本当は抱きしめたかった。「大丈夫。僕がいる。」と伝えたかった。でも僕も怖かった、君がいなくなるのが。 やっと君と話せるようになって、僕は想いを伝えた。「好きだ、僕と一緒にいてほしい」。それが叶わないと分かっていても伝えた。 君は泣きながら言った。「僕は死んでしまうから、君を傷つけてしまうから。」と。そして僕たちはお互いが見えなくなった。 廊下ですれ違ってももう目が会うことがない。お泊まり会をして夜中まで話し合うことも、一緒に帰ることも、出かけることもない。 僕は苦しくて苦しくて死んでしまいたくなった。でもそんなことできない。生きたいと願っていても生きれない君がいるから。 君はギリギリで単位を習得し学校を辞めた。そして4月の頭に消えてしまった。 君は最後に「ありがとう。」だけを残して消えてしまった。 君は本当に会いたい人に会えずに、愛を伝えたい人に伝えられずに消えた。 本当ならば君はアメリカに渡り手術を受け、これからやっと幸せになれるはずだった。でも君は望まなかった。なぜだかはわからない。でもそれが君の最後のわがままだった。 僕は最後まで君の特別にはなれなかった。友達にもなれなかった。助けてあげられなかった。誰よりも愛に飢えていて、誰よりも真っ直ぐな愛を持っている君を僕は救えなかった。 でも僕は誰からも望まれずに生まれてきて、生まれ持った性を否定され、歪んだ愛で育った君と出会えてよかった。僕はそんな君が大好きだった。これからも。もちろん来世でも。 来世は僕が真っ直ぐな愛を誰よりも早く君に届けるよ。 「生まれてきてくれてありがとう。」
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