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1.深、不、無
薄暗い倉庫の中に居た。
どういう経緯で何時から此処に居るのかは全く分からない。だが、何処も拘束されていない。つまり誰かに連れてこられた訳ではないらしい。
困り顔で本棚に背を預けている少年───紫杏はそう推理した。
……帰るか。
こんな状況、あまりにも不気味すぎる。
そう一人で完結して、出口に向け一歩踏み出そうとした、その時だった。
───カツン
「…っ!」
踏み出した右足が地に着く前に、倉庫に響いた、それは。まるで、足音のような…
誰か、居る…?
恐る恐る周囲を見渡すも、あるのは自分より少し大きめな木箱が14個と今背を預けているボロボロな本棚が倉庫の中心に3つ。本棚は縦長の倉庫内を2つに分断するかのように置かれている。
紫杏が居るのは入口から向かって左側。人が居るとしたら本棚を挟んだ右側。本棚は片側からしか本を出せない造りになっていて、紫杏側から見ればまるで分厚い壁だ。
反対側から紫杏を視認出来ない事が、紫杏の心を保たせている唯一の材料だった。
どうやって、此処から出ようか…どうしたら、バレずに…どうしたら、静かに…どう、したら…
そこでふと、疑問が浮かんだ。
───どうして誰にも見つからないように出る必要がある?
ただ迷い込んだなら一言謝ってさっさと出ればいい。この倉庫について知ってる情報は全く無いし、此処に来た経緯も、居ないといけない理由もない、筈。
深く、そして静かに息を吸い、もう一度記憶を漁る。
何時に家を出た?此処までどうやって?何故この倉庫に?……家?抑々家などあったのか?今日は何年何月何日何曜日?
…ああ困った。てっきり家を出て此処に来るまでの記憶だけが無いと思っていたのだが。
脳裏に浮かんだ全ての疑問を片付ける内に出てきた、ひとつの認めたくないもの
どうやら、己の名前以外の記憶が全て無いらしい。
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