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 時計は既に五時をまわっている。教室から校庭を眺めると部活する生徒たちの声は少なくなっており、トンボをかける学生が散見されるだけであった。 「降らないね」  唐突に呟いてしまった。先程、香菜の言動に理不尽な苛立ちを感じてしまったのは単に彼女の勘の鈍かっただけではなかったようだ。この数時間いや、この一日あるいはここ数か月かけて自分がしてきたことがすべて徒労に終わるのではないかという不安があのような言動に走らせたのだろう。 「何してるんだろう、私───」  自嘲的にもなってしまう。何より最後が神頼みだなんて恥ずかしい。ましてや、今朝も自由時間登校を天にお願いしたばっかりだ。だけど、放課後に一緒に居てくれて、尚且つ聞いてはきたものの、理由を知らずに先に帰ってくれた友人のためにも今は祈るしかない。そんなことを思った矢先であった。  ポツン、ポツンと雨音がしたと思ったら、いきなりバケツをひっくり返したような雨が降りだした。 「きた、きた、きた……」  思わず口に出てしまった。夕立だ。やった……。  急いでリュックから例の折り畳み傘を取り出し、昇降口に走っていく。素早くローファーに履き替え、昇降口の前で待った。 「まだかな……?」 この時間が一番じれったい。時刻指定の宅急便を待っているような感覚だ。しかし、案外その時はすぐに訪れた。 「おまえ、その傘って───」  ハッとした。あわてて声のする方を見ると例の傘の持ち主、彼であった。こっちを見ている。 「お前が持ってたんだ、それ。どうしたんだっけ?」 「そ、その、六月くらいに牧野君に借りたのだけど、まだ返してなく……。ごめんなさい!雨に濡れたでしょ?」 「いや、まあ、なくしてたと思ってたからさ。見つかって良かったよ。こっちこそわざわざごめんな」 「もちろん、今すぐ返すけど、その……。」  緊張する。怖い……。 「私、今日も遅刻しそうだったから焦ってて……。その……。牧野君のしか持ってきてなくて……。だから、その、一緒に……」  か細い声でそう言ったが、途中でやめた。当たり前のことに気付いた。  雨の中こっちを向いて立っている彼は傘をさしている。新品の傘だ。当然だ。何で今自分が持っている傘だけしか彼が持っていないと思っていたのか。仮にそれしかなくても、なくした時点で新しく買うに決まっている。 「馬鹿だな、私」  ぼそっと呟いた。自分の愚かさに嫌気がさす。 「どうした、さっきから何言ってんだ?」  彼がいぶかしげに訊ねてきた。聞こえてすらないんだね。まあ、聞かれなくて良かった。馬鹿がばれるし……ははは。 「ううん、何でもない。傘返すね」 「あ、うん。わかった」  私の希望をのせたはずであった傘だったが、事務的かつ無機質に彼に手渡すと昇降口から再び校舎の中に走っていった。  彼が後ろから何か言っていたようだけど、私の耳には届かなかった。
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