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7月16日
窓の外が光った。
少し遅れて轟く雷鳴に、女子の甲高い悲鳴が重なる。
妙に通る女子の叫び、オレ傘持ってきてねえよと騒ぐ男子、静かにしろという先生の一喝。窓ガラスを叩く雨粒の音がそれらを遠ざける。
わたしは外を見た。雨のために白く霞む校庭では、外で作業をしていたらしいどこかのクラスが撤収を始めている。校舎に駆けていく彼らは可哀想なほどに濡れている。わたしは六時間目のプールが潰れることを願いながら外を眺め続けた。
ホームルームが終わり、下校の時間になっても雨は止まなかった。
「榎本さん」
鞄の底に忍ばせていた黒い折り畳み傘を取り出した矢先、背後から呼ばれた。
振り返って、思わず顔をしかめる。
そこにいたのは、同じクラスの朝日奈照生。
明るく優しい、男子にも女子にも好かれるクラスの中心人物。そういう人物にありがちな傲慢さはなく、クラスの隅にいるような人たちにも親切で、嫌がらせをされていれば助けに入るし、かといって過剰に優しくするようなことはなく細やかな気遣いを見せる。要はいい奴だ。
けど、わたしは彼に好印象を抱いてはいない。
「……なに」
朝日奈の出席番号は一番、わたしは二番。クラス替えしてしばらく、朝日奈の席は廊下側の最前列で、わたしはその後ろだった。休み時間、朝日奈と仲のよい男子や、彼と仲良くなりたい女子が、わたしの席を占拠することが多々あった。そういう人たちは予鈴が鳴っても席に戻らない。わたしがどくように言うと彼らは不快そうな表情をする。迷惑しているのはこっちだというのに。
「傘、忘れちゃってさ。入れてほしいな、なんて」
「なんでわたしが」
「朝日奈くん。と……、榎本さん」
砂糖をたっぷり入れた紅茶のような甘ったるい声がした。可愛らしいピンクの折り畳み傘を手に持った長谷川くるみが、小走りでこちらに――というより朝日奈に駆け寄る。
「傘持ってないの? あたしのに入れたげよっか」
小首をかしげた拍子にお下げが揺れる。おっとり清純そうな素振りで、眼鏡の奥の瞳は冷ややかにわたしを見ている。
「じゃあ、わたしはこれで」
これ幸い、とばかりに傘を広げ、昇降口を出る。
背後から感じる視線を遮るように傘を後ろへ傾け、急いで帰宅した。
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