7月17日

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

7月17日

 この日も夕立があった。 「榎本さん」  聞き覚えのある声だ。返事をしたくなかったが、再び榎本さん、と呼ばれたので、仕方なく振り返る。  そこにいたのは案の定、朝日奈だ。  雨のために薄暗い廊下をぱっと照らすような男が、笑顔を浮かべて近づいてくる。 「今日も傘、忘れちゃって。入れてくれない?」  経験による学習、というのは、我が家の教えの一つだ。  すべての物事には原因と結果がある。成功に喜び失敗に泣くのではなく、なぜそうなったのかを考え、次に活かせ。母は常々言っていた。  席が朝日奈の後ろなせいで迷惑を被った。これはわたしのせいじゃない。  小五のとき、家が近所の男子が困っていたので、よかれと思って傘に入れてやった。翌日以降のことは思い出したくもない。これはわたしのせいだ。 「悪いけど、他を当たって」  同じ轍は踏まない。わたしは朝日奈を傘に入れない。  昨日雨に降られたばかりなのに傘を持ち歩かない朝日奈は、経験による学習ができていない。 「榎本さんにしか頼めなくて」  どうして朝日奈はわたしにそんなことを言うんだろう。  わたしと違って友だちがたくさんいて、頼めば傘に入れてくれる人なんかいくらでもいるのに。それこそ、長谷川とか。  誰かがいつでも助けてくれるから、朝日奈は学習しないのだろうか?  なんだか腹が立ってきて、開きかけていた傘を朝日奈に押しつけた。 「貸すから。明日返して」 「えっ? あ、榎本さん!」  降りしきる雨の中を駆け出す。わたしを呼び止める声がしたけど、聞こえないふりをした。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!