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7月17日
この日も夕立があった。
「榎本さん」
聞き覚えのある声だ。返事をしたくなかったが、再び榎本さん、と呼ばれたので、仕方なく振り返る。
そこにいたのは案の定、朝日奈だ。
雨のために薄暗い廊下をぱっと照らすような男が、笑顔を浮かべて近づいてくる。
「今日も傘、忘れちゃって。入れてくれない?」
経験による学習、というのは、我が家の教えの一つだ。
すべての物事には原因と結果がある。成功に喜び失敗に泣くのではなく、なぜそうなったのかを考え、次に活かせ。母は常々言っていた。
席が朝日奈の後ろなせいで迷惑を被った。これはわたしのせいじゃない。
小五のとき、家が近所の男子が困っていたので、よかれと思って傘に入れてやった。翌日以降のことは思い出したくもない。これはわたしのせいだ。
「悪いけど、他を当たって」
同じ轍は踏まない。わたしは朝日奈を傘に入れない。
昨日雨に降られたばかりなのに傘を持ち歩かない朝日奈は、経験による学習ができていない。
「榎本さんにしか頼めなくて」
どうして朝日奈はわたしにそんなことを言うんだろう。
わたしと違って友だちがたくさんいて、頼めば傘に入れてくれる人なんかいくらでもいるのに。それこそ、長谷川とか。
誰かがいつでも助けてくれるから、朝日奈は学習しないのだろうか?
なんだか腹が立ってきて、開きかけていた傘を朝日奈に押しつけた。
「貸すから。明日返して」
「えっ? あ、榎本さん!」
降りしきる雨の中を駆け出す。わたしを呼び止める声がしたけど、聞こえないふりをした。
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