ep.3

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ep.3

「俺を売ったんですね! 夏目さん!!!」  朝一にカバンを置く間も惜しんで怒り心頭に発した真柴が真っ赤な顔で夏目のデスクに突進してきた。その姿を目の当たりにした夏目は明らかに青い顔をしている。 「え〜? 売るとか人聞き悪いなぁ〜真柴ちゃーん。違うよ、これは等価交換っていうか取引というかぁ〜、ホラお前だってあいつの写真欲しがってたじゃないかーお前のお陰で撮れたんだよ、お前の実力だぞ、すごいっすごいなぁ!」  白々しい夏目のそれに思いっきり軽蔑の眼差しを向け「俺完全夏目さんのこと見損ないましたから」と吐き捨て真柴はフリーアドレスの席に勢いよくカバンを置いた。  その勢いとは裏腹に椅子には細心の注意を払ってゆっくりと腰掛けた。 『10代の処女じゃあるまいし何かわいこぶってんの、そういの全然萌えないから』 ──ふと、乱暴なキイチが頭の中で繰り返す。 「悪かったな、かわいこぶって……」 ──初めてだったんだから……仕方ないだろ。  真柴は自分のカバンにぐったりと顔を沈めた。  カフェコーナーで奥秋はおかしな歩き方の真柴を見つけて訝しげな顔で近付く。 「──栗花落?」 「あー奥秋、おつかれ」 「──おつかれ……てかお前どっか痛いの? 歩き方変だよ」  心臓が喉まで出かけて真柴は吹き出しそうになる全身の汗をどうにか誤魔化し「別にー」と精一杯笑うと、奥秋がいきなり真柴の首筋に鼻を寄せてきた。 「──この匂い、誰?」 「え? に、匂い??」 ──αってそんなこともわかるのか?! と真柴はますます身体を硬くした。  何もかも奥秋に見透かされてる気がして心臓がものすごい早さでリズムを刻んでいる。無意識に顔が赤くなっている真柴に奥秋は全てを察した。 「若い雄の匂い──お前そんな相手いたんだな」 「若いオッ、バカッ、そんなんじゃないって」 「メディア行って健康的になったかと思いきやそっちの方も順調でしたか、ほぉ〜」  嫌味たらしい声で奥秋は真柴を眺めている。 「誤解! 本当に、これはそんなんじゃないんだ! なんていうか、その、事故? みたいな」 「別に子供じゃないんだからそんな言い訳しなくて良いって──」 「本当に違うんだって!!!!」  必死に否定した真柴の声がカフェコーナーに反響し、一瞬周りの社員たちが静まり返り一気にその視線が真柴へと注がれる。  居た堪れなくなって真柴は奥秋の手首を掴んでカフェコーナーから脱兎の如く逃げ出した。  オフィスの敷地内に来ていたキッチンカーでブラックコーヒーとカフェオレを買って真柴は奥秋に詫びの気持ちも込めてコーヒーを渡す。 「──嘘だろ、マジかよ」  ことの全てを奥秋に吐き出すと奥秋は呆れ返るというよりもひどく怒っていた。 「そのガキ頭どうかしてんじゃないのか? 下半身に脳味噌ついてんだろ」 ──それ、俺も同じこと言いました。と内心真柴はツッこむ。 「警察に突き出してやれよ、その非常識な馬鹿ガキ」 「この場合捕まるのは俺なんだけど……」 「お前は成人してるけどΩだから罪には問われないよ。力づくでαのことを襲うなんてΩには出来っこないんだから」 「でも俺が自分の意思で部屋にあげたんだ。それって俺の落ち度でしょ」 「どうせなんか煽られたんだろ? お前のことだから大人げもなく意地になって」 ──なんでわかんの? と真柴は奥秋の顔を仰いだ。 「──そりゃわかるよ、お前……」  言葉に詰まる奥秋にはっきり言っていいよと促すと「お前チョロいから……」と本当にはっきりと言われた。  プライドも何もかも同期にズタボロにされながら真柴は虫の息でカフェオレを口に運ぶ。 「──でもそんなつもりなかったんだろ? お前は未成年の男を誘うようなΩじゃないもんな」 「……うん、頭の片隅にもなかった……」 「えっ、片隅にも? それは危機感能力が極めて低すぎるから改めた方がいいぞ」 「お前は俺を慰めたいの?! 陥れたいの?!」  嘆く同期に言い過ぎたと奥秋は頭を掻いた。 「お前、避妊はちゃんとしたんだよな?」と、思春期の親みたいな心配を奥秋はした。 「──それがぁ……その……」 「マジかよっお前! アフターピルは飲んだの?!」 「え、あ、まだ……」 「まだって呑気な! 少しここで待ってろ!」 「なに?」と聞き返した時に奥秋の背中は既に遠くにあって、あまりの勢いにポカンとしたままの顔の真柴が一人その場に残された。 「──そうだよな……妊娠したら……俺。どうするつもりだったんだろう……」  あんな得体の知れない会ったばかりの子供に責任なんて取れるわけもないのに──。  真柴はカフェオレの入ったカップを少し強めに握りしめ唇を噛んだ。 ──請求書はガキにつけとけ、と奥秋は薬を真柴に渡すと、これからは相手がどんなガキでもαには気を抜くなと改めて釘を刺した。
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