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翌日出社すると夏目はキイチのデータを大量に真柴に預けてきた。
クライアント向けの資料に作り直して清書するのが真柴に任された仕事だった。
画面を埋め尽くしたキイチの写真たちはどれも素人感がなくて撮られることに慣れている人間に思えた。
シンプルな全身白のセットアップコーデがやけに爽やかで真柴の知っている肉食獣の片鱗すらここには映っていない──。
──キイチに最後に会ったのはいつだったろう。
会社帰り、近くのコンビニが見えた時ふと真柴は思い出してしまった。
電話も無視して、仕事でも会わなくして──
キイチとの約束をすべて反故にした。
一度地面に視線を落として上にあげた次の瞬間真柴は驚いて目を見開き思わず声を出してしまった。
「キイチ──」
数メートル先にキイチが立っていた──その隣には髪の長い見知らぬ女子高生──。
「真柴……」
「え、誰? キイチの友達?」と隣の彼女は興味津々のようだ。
「そんなんじゃないよ……」
キイチの返事はごもっともだ。自分たちは──何者でもない。
「撮影お疲れ様──良い写真たくさん撮れてた。ありがとうね」
平然を装って真柴は大人らしく微笑んでみせる。
「別に──あれは夏目のオッサンとの約束でアンタのためじゃないから」
なぜかそのセリフに真柴は胸がちくりと痛んだ。なんて自分勝手なんだろうと嫌になる。
「あっ、このお兄さんもΩなんだ?」
突然彼女が明るい声であっけらかんと告げた。その言葉で彼女がΩであることを真柴も悟った。
「年上会社員とかヤラシー、キイチって本当に誰にでも手出すんだねー」
「誰にでも……」真柴は眉根を寄せる。
「人を雑食みたいに言うなよ、俺だって選ぶわ」
「またまた〜」
空気なんて気にしない彼女はやけにキイチとの距離が近く、ケラケラと笑いながらキイチの胸を慣れた指先で叩いている。その手が下へと滑り落ち、キイチの左手に絡むように繋がれて真柴は眩暈がした。
「──この人はなんとなくたまたま。でももういいわ、なんか面倒だし」
キイチは淡々と吐き捨てるとさっさと彼女の腰に手を回し真柴の横を通り過ぎて行った。
「おにーさんじゃあねー」と明るい彼女の声が無性に癪に障る。
だけど振り返ることもできないまま真柴はしばらくその場に立ち尽くした──。
「馬鹿みたい──主導権はいつだってあっちだったのに……俺は何を勘違いしてたんだろう……」
真柴は手で顔を覆ってそのまま空を仰いだ──。
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