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ep.1
「なに、また終電コースだったの?」
「うん、まぁ」
オフィスのカフェルームで形状記憶がギリギリのところで皺を防いでいるシャツを着た真柴に同期の奥秋は同情した。
「いい加減身体壊すぞお前。適当に手を抜けって、いくら頑張っても俺らみたいな入社2年目が上から評価されることなんて早々ないんだからさ〜」
「俺はお前みたいに器用じゃないんだ。手なんて抜いたらそれこそ次から何の仕事も回してもらえなくなる──」
は〜っと盛大に奥秋は溜息をついてみせた。
「もういいじゃん、ここらで婚活でもすれば?」
「何言ってんだ、俺は──」
「いいじゃん、楽になれば。無理して身体壊して子供の産めない身体になったらそれこそ勿体無いだろ。最悪妊娠したら養って貰えばいいんだし、わざわざ出世にこだわる必要なくねぇ?」
「奥秋っ、俺は──」
「──なんだったら俺が養ってあげようか?」
さっきまで辟易と呆れ返った声を発していた奥秋の眼からふっと冗談の色が消えた。
自分より10センチほど背の低い真柴の顔に近付き嫌みたらしく笑みを浮かべている。
「ふざけるなっ」
真柴が本気で声を荒げるより先に奥秋は近かった相手の顔から逃げた。
「ジョーダン、ジョーダン。俺が同期のお前に手出すわけないだろ。どんなけ一緒にここで苦い汁啜ったと思ってんの」
奥秋はコーヒーが空になった紙コップをゴミ箱に捩じ込むとさっさと背中を見せて出口へ向かった。
「俺はお前が羨ましいよ、栗花落。俺がΩだったらとっくにこんな会社辞めて金持ちの番でも探すね」
諦めたように言い放ち奥秋はカフェから姿を消した。二人の関係性からそれは嫌味でもなんでもないのは真柴も理解していた──。
それは互いのないものねだり──。
それなりに歳を重ねてそこそこ出世しながら定年まで社会人として生きていきたいとささやかな願いを持つΩの真柴と、出世して当たり前とされている期待の中それに負けじと歩かなければならないαの奥秋の──。
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