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会社近くのコンビニに辿り着いた時、真柴の足は悲鳴をあげていた。そもそも足を摺り粉木にするほど普段歩くことはまずないし、履いている革靴だって歩きまわるのに適したものではなかった。
それでも泣き言だけは決して漏らさず、必死に夏目の背を追って歩いた。
店の中のイートインコーナーで椅子にぐったりと凭れ掛かり、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分まで飲み干すと真柴は肩で大きく息をついた。
会社出た時に明るかった外も既に陽が傾き、夕日のオレンジが空の色を変え始めていた。
視線を感じてカウンター横を見るとやけにニヤついた顔をした夏目と目が合った。
「──なんですか……」
「今日一日で随分老け込んだな、真柴」
「これ、後何日続くんです?」
「さて、今日帰ってデータ確認して、他の奴らが撮ったのと比較していいのがいれば……」
「あー!」
突然二人の間に一人の男の声が割って入る。
驚いた二人はその声の主を反射的に見た。そこで反応があったのは真柴だけだ──。
「傘の……子」
「傘の子?」夏目は一人、単語の意味を理解できない。
傘の子と呼ばれた男はあの雨の夜、真柴に無料で傘を渡して走り去って姿を消したあの男子高校生だった。
「あの、あの時はありがとう。本当に助かりました」
慌てて真柴は立ち上がり彼に向かって正面を向いて頭を下げた。
「──なんで敬語?」彼は首を軽く傾げた。
「いや、だって……」
「ねぇ、それよりなんであの時泣いてたの?」
「え? いや、別に泣いてなんか……」
「えー、そうかなぁ? 俺には泣いてるように見えたんだけど」
彼の声はどことなく楽しそうだ。
全く話の見えない二人の会話に夏目は外野で眉間に皺を寄せて傍観している。
「ねぇ、なんで? 泣いてたの?」
一歩前に彼は進んで真柴の顔のそばギリギリにまで寄った。年下のくせにその背は明らかに真柴より大きくてその迫力にますます真柴の心臓は強く跳ねた。
──そしてその理由をすぐに理解した。
──この子……αなんだ……。
「本当に、泣いてない、から……」
彼の青グレーの瞳が吸い込まれそうに綺麗で、店内照明のせいでますますそれが宝石みたいに薄く反射して真柴には見えた。
「おい少年!」
二人の空気を完全無視して夏目は彼の横から無精髭の顔を近づけた。
「なんだよオッサン」
あからさまに剣呑な声と気配を纏った彼に真柴は驚いたが夏目にはもちろんそんなものは効かない。
「美人だなぁ! 写真撮らせてくれよ!」
「はぁい?」
「オッサンこのお兄ちゃんの同僚なのよ。今日はイケメンを探す仕事しててさー、少年頼むよ、一枚だけ! オッサンに写真撮らせてよ」
夏目は胸の前で手のひらを合わせて彼に懇願する。
「なんの写真だよ、素人DK専門のエロ本とか?」
綺麗な顔の彼からとんでもないワードがバンバン出てきて、真柴は思わず口が開いた。
「そ、そんなんじゃないからっ」
慌てて無意識に真柴もフォローする。
「へぇー? 怪しいけどなぁ。まあいいよ、そのかわりアンタがなんで泣いてたのかを教えてくれたらね?」
「んだよ面倒臭ぇなぁ、サッサと言っちまえ! 真柴」
「ましばっていうの? へー、かわいい名前だね」
年上を揶揄うようなニヤついた彼の表情にものすごく腹が立って真柴はペットボトルを掴むとさっさと店外に出た。
「おいっ、コラ! 真柴どこ行くんだよ!!」
「先会社戻ってます」
後ろを振り返ることなくさっさと進む背後で夏目は明らかに怒っていた。聞こえていたけれど真柴は一度も足を止めることなく会社まで歩いた──。
「──つまんないの」
残された彼は小さく呟く。
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