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anecdote.10
真柴がリビングのローテーブルでノートパソコンを叩きながら欲しかった資料を手元のクリアファイルから探していると、大弥がお気に入りのぬいぐるみを手にして膝まで這ってきた。
「あー、あー」と声を出しながらぬいぐみるを振る大弥に真柴は仕事する手を止める。
「なあに? くれるの?」
やたらとご機嫌な息子がぬいぐるみを何度も自分のお腹に押し付けてくるので真柴は不思議で仕方なかった。
新しい遊びを覚えたのだろうか? と首を傾げながら息子を好きにさせていると、大弥は笑いながら小さな手の平を目一杯に開いて、真柴のお腹を何度も触るように軽く叩いては声を出した。
真柴はひとつだけあることが頭をよぎり、なんとなく不安そうに息子に尋ねる。
「──赤ちゃんがいるの……?」
まだ話すことも出来ない大弥は言葉の意味などほとんど理解していない筈なのに、キャハハッと弾けるように声を出して笑った。
「もう〜、マジでぇ? うそぉ〜っ」
真柴はショックのあまり、全身から力が抜けて、大の字でリビングに仰向けで転がった。大弥は相変わらず楽しそうな声を出しながら真柴の胸の上に這い上がり、母親の顔をにこにこしながら覗きにくる。
ちょっと涙目になりながらも、大弥の無邪気な笑顔に釣られて思わず笑った。そのまま前よりもずっと重くなった我が子を胸の前で抱きしめる。
まだそうと決まったわけでないが、その覚悟をしないわけにもいかなくて、真柴は喜びと不安の両方の溜息をついた。
「パパに話したら、また馬鹿みたいに喜ぶんだろうねぇ〜」
「あーっ、あうーっ」と声を上げながら大弥はずっと笑っている。
「もう〜、二人もこんな可愛いのいたら仕事に戻れなくなるじゃん〜。大弥助けてよ〜っ」
ぎゅうぎゅうと小さな身体を抱き締めると大弥はさらに嬉しそうに声を出して笑った。
──自他ともに認める仕事人間だった自分が、まさかこんな風になってしまうなんて……。
息子を抱きかかえたまま眺めた窓の外は、静かに雨が降り始めていた──。
あの夜までは雨なんて大嫌いだったのに──。
「雨は俺に大切な記念日ばかりプレゼントしてくれるなぁ……」
息子の背中を優しくあやしながらポンポンと叩いていると、そばにある母親の心音にすっかり安心してしまったらしく、いつの間にか大弥はぐっすり眠ってしまっていた。
気持ちよさそうに眠る息子を起こしたくなくて、真柴は可愛い寝顔をしばらく眺めてから自らも幸福に浸りながら瞼を閉じた──。
end•*¨*•.¸¸☆*・゚
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