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「それはそれは見事な収穫でございましたね」
「──すみません……」
午後から出社の夏目に盛大に呆れられながら真柴はこれ以上はないくらい肩身を狭くした。
「まあ、いいんじゃねぇのか。言いたいこと言えたんだ。お前もこれでスッキリしたろ」
「そりゃ……でも、彼は今まであった人たちの中で飛び抜けて魅力的です──容姿が、ですけど……」
「仕方ねぇ、あの容姿も中身もセットであいつなんだから」
その広い心の解釈にますます真柴は自分が恥ずかしくなってくる。
「ぁあ〜、俺はなんであんなこと……」
「悔やむな悔やむなっ、あいつとは縁がなかったってことだ」
「あんな、逸材だった、のに……」
「確かにな、βの俺にだってわかる。あいつは世にいるαの中でもとんでもないカリスマ性を秘めてる。10年後のあいつを考えると末恐ろしいね」
真柴はその言葉に黙ってしまった──。
Ωである真柴は彼に近寄られただけで足がすくんだ。キイチの手を強く払った後、叩いた手はずっと震えていたし、あの時の怒鳴り声だって多分震えてただろう──。
年下の子供相手でこんなザマだ──もし自分が彼と同じ歳だったら今頃恐ろしくて目も合わせられていないだろう。
帰宅してすぐに真柴は安定剤を口にした。
恐ろしいαの気に触れて毎日飲んでいる低容量ピルだけでは気持ちが落ち着かなかったのだ。
やけに喉も乾いて、真柴はグラスに注いだ水を全て飲み干す。
「……あの子、キイチって名前なんだ……もっと外国人チックなの想像してたかも」
グラスの縁を唇にあてて、ぼんやりと真柴はあの印象的な瞳を思い出していた。
ふいに携帯の着信音が部屋に響いて真柴は現実に戻された。慌てて机の上にあったそれを取ると画面には見たこともない番号が表示されている。
仕事柄知らないからと言って取らないわけにもいけないので真柴は応答をフリックした。
「──もしもし?」
真柴がスピーカーに意識を寄せると聞いたことのある声がすぐに返ってきた。
『やほー、こんばんわー』
──電話の主は驚異のα男子高校生、キイチだった。
「え?! なんでこの番号……名刺渡したっけ?」
『ううん、これは夏目のオッサンからの賄賂』
──あんのぉタヌキっ!
真柴は透かした顔で自分のことをまんまと騙した男を思い出していた。
「てゆうか賄賂って、どういうこと?」
『俺の写真が欲しくばアンタの電話番号を寄越せってね』
「俺の個人情報はどこで守られるんだ……コンプライアンス遵守の崩壊だ……」
電話の向こうであの高い笑い声が響いている。
「なんか用? 悪いけど俺は謝んないからね」
『ホラ、アンタ言ってたじゃん。俺と触れ合いたいって』
「もう結構ですとも言った」
『また逃げるの? 大人のくせにだらしいない』
「はぁ〜〜?!」
──わかっていた。自分は中学生どころか、小学生並みの知能だった。
真柴は高校生相手に簡単に挑発され簡単に陥落し、それら全てが相手の罠だと気付いて後悔する頃にはもう何もかもが手遅れだったのだ──。
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