1995年11月

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 シエルがこの部屋にやってきたのは、先週のこと。千鳥足で歩いていた江奈は、夜道で彼を拾ったのだ。  そんな言い方をすると犬か猫みたいだが、実際のところ江奈は、具体的にどんな話をしてシエルを家に上げたのか、よく覚えていない。ちょっといいなと思っていたカツユキに彼女がいることが判明し、ヤケ酒気味に女友達としこたま飲んだ帰りだったせいだ。  朝起きたら、知らない男の子が同じ部屋で寝ていた。と言っても、自分はベッド、彼はこたつで、だ。  メイクも落とさず昨日の服のままで、服と髪には飲み屋の酒とタバコの匂いが染みついていた。記憶を手繰った江奈は、夜中に薄着で震えていた男の子を部屋に入れたことを、おぼろげに思い出した。 「おはよう、江奈さん。昨日のこと覚えてる?」 「え、ええっとぉ……」 「あー、やっぱり覚えてないか」 「全然覚えてないわけじゃ、ない、わよ?」  愛想笑いを浮かべた江奈を、彼は正面から覗き込んだ。 「じゃあ俺の名前は? 昨日聞いたでしょ?」 「……」 「シエル、だよ。ちなみに17歳」 「シエルって……」  どう見ても日本人なのに、そんな名前。偽名にしても、もっとそれらしいものにできないものか。 「もしかして君、hyde(ハイド)のファン?」 「え? 文学は苦手だよ。多重人格にもあんまり興味ない」 「文学?」  なんだか話が噛み合わないな、流行りのヴィジュアル系バンドからとった名前かと思ったのに。江奈は首を傾げて話題を変えた。
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