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神隠しのクリスティーナ
「来週、久し振りに理事長先生がこの学園に戻ってらっしゃいます」
先生はびしりと背筋を伸ばして私達に告げた。
「今回は我が二年B組が、理事長先生のお迎えをすることになりました。皆さん、けして粗相のないように!」
「はーい……」
教室の生徒達の声に覇気はない。三十二人いる生徒のうち、戸惑ってざわついている一部の生徒を除いてみんなが嫌そうな顔をしている。私は前者だったので、何故みんながそんなに気が進まない様子なのかがわからない。
「絵梨佳ー!なんでみんなこんなざわついてんの?」
私はこっそりと、隣の席に座っている友人の絵梨佳に小声で耳打ちした。すると彼女は知らないの?と眉を顰めて言うのだ。
「うちのガッコの理事長先生、めっちゃくちゃ怖いことで有名なんだってば。独裁者っつーの?」
「具体的には?」
「理事長先生の一言で、クビになった先生と退学させられた生徒が多数」
「……マジで?」
「うん、マジで」
そりゃみんなに嫌な顔もされるわ、と私はげんなりした。独裁者って、まったくいつの時代の話やら。しかも学校の運営やら方針やらをたった一人が独断で決めるって。退学やらクビやらって。どこかから訴えられたりしないのだろうか。
「それ、労働ナントカ法に触れたりしないの?」
私が尋ねると絵梨佳は、“あたしに訊くの間違ってっからね”と肩を竦めた。それもそうだ。なんせこのクラスの成績最底辺は彼女である。まあ、ドベ2の私も全く人のことは言えないのだが。
「理事長先生ってちょー忙しくて、世界中を飛び回っていろんなビジネスやってたりするらしーよ。で、たまーに学園に帰ってくるから、そのたんびに学校のクラスの一つがお出迎えさせられるわけ。授業がまる一コマ潰れることもあるんだって」
「え、それラッキーじゃん、一時間勉強しなくていいんでしょ?」
「良かないよ麻里。お迎えをしたクラスは必ず……」
彼女はぐっと私に顔を近付けて言った。
「一人、退学者が出るって噂なんだから!理事長先生が相応しくないと思った生徒が一人追い出されんの!」
「はぁ!?」
「しかもその最有力候補は、成績が一番駄目だったやつだからね。だからあたしはめっちゃ憂鬱なわけ。せっかく頑張ってこの高校入ったし、高い学費払ったつーのにさぁ……」
本人は自分だと思いこんで肩を落としているが、私にとってはまったく他人事ではない。なんせ、私も辛うじて絵梨佳より文系の成績がマシ、くらいのレベルなのだ。ここのところはテストの総合点で、親友同士最下位のワンツーフィニッシュを決めてばかりだった。私のほうが選ばれることも充分あり得るだろう。
嫌すぎる、としか言えない。というか、絵梨佳が選ばれるのだって嫌だ。そりゃこのお嬢様学校において、最近はちまちま小さな校則違反を繰り返して先生たちに煙たがられていたかもしれないが。
――つか、理事長先生って男?女?今まで写真も見たことないけど。
「なんとかご機嫌取る方法でもないもんかなぁ」
「そこ、静かに!」
思わず大きな声が出てしまって、先生に気付かれてしまった。はいい!と私と、ついでに絵梨佳は慌てて背筋を伸ばすことになる。
憂鬱で仕方ない。ただでさえ、中間テストの時期も近づいているというのに。
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