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第1話 角凝命
二年後。
チヌは十二歳になっている。あの日、父である武内宿禰(タケウチノスクネ)から独立した葛城襲津彦(カツラギソツビコ)が新らしく屋敷を建て、配下の武人だの屋敷の使用人だのをあちこちの家から譲り受けたのだが、それでも足りない分を戦争寡婦と孤児を雇い入れることでまかなった。チヌはそこにうまく紛れ込んで葛城家の家人となったのだ。家人と言っても所詮は端女なのだが。
当時チヌはまだ十歳、歳上の言いつけを聞かなければいろんな不都合が起きることがわかっているのに、気性の強い彼女は言われることにいちいち反発した。言い返しが過ぎて取っ組み合いになることもあったが、チヌは一度も負けなかった。それで家内長や屋敷番頭から何度も追い出されそうになるのだが、その都度主人の襲津彦が「まあまあ、もう少し様子を見よう」と家内に留め置くよう裁定するのだった。
一年が経つと使用人も増え、扱いにくいチヌは仕事を与えられなくなった。毎日何もすることがなく、使用人たちから無視されたチヌはある日、屋敷を抜け出してそのまま帰らなかった。
まる二日戻ってないことを知った襲津彦は屋敷番頭を呼んだ。
「チヌはどこにおる」
「お屋敷にあの子の出来る仕事は何もありません。いいじゃありませんか、帰って来ぬならそれで」
「何を言う。腹が空いてるだろうに」
「御屋形様、何故あんな子に無駄飯を食わせるので」
襲津彦は困った顔をする。「子どもを追い出すわけにはいかんだろう」
「御屋形様」屋敷番頭はなじるように言った。
「とにかく、皆で手分けして探すのだ。俺も加わる」
屋敷番頭は黙って頭を下げた。御屋形様は三十になる。自分の娘のような年頃のチヌを可愛がるのは仕様がないか、と気持ちに折り合いをつけた。
総勢で探した結果、チヌは埴土(へな)職人の家で見つかった。襲津彦と屋敷番頭が家に入ったとき、チヌは大の字で満足げな顔で眠っていた。
「これ、チヌ!」
叩き起こそうと歩き出す屋敷番頭を、襲津彦は制した。「寝かせてやれ」
家の職人たちの話によると、チヌはまる二日飲まず食わずで、ただひたすら土をこねて埴輪を作っていたのだという。
「これがそうか」襲津彦は通された部屋を見回した。
「左様で」
部屋には百を超える馬や熊、人間たちに成形された埴輪が並んでいる。馬か犬かわからないものも多くあるが、どれも迫力があり力強い。まるで生きているようだ。
「ここにあるもの、全部あの娘が?」屋敷番頭が唖然とつぶやいた。
襲津彦は屋敷番頭に向かって笑いかけた。「あの子の役目が決まったよ」
「埴輪職人ですね」
襲津彦は首を横に振った。
「チヌには法術の才があるやも知れぬ」
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