御伽とイデア

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御伽とイデア

君を殺してしまおう、と思った。 喉の奥は暑さで締め付けられ、声の一つあげることすら許されていない。 結局、できなかった。 さっきまで少し心地よかった風は今となっては 私の体から自由を奪う枷となって、宙へ縛り付ける。 限りのない茜色の空。 きっと、今の私は自由そのものであろう。 ー1秒。 小さな頃から私は私の奴隷だった。 私の中にある穢れはあの頃は留まることを知らなかった。 いいや、留める術を知らなかった。 無意識は人間の悪性そのもの。 だから今まで見ないように。 見せないように生きてきたというのに。 それだけが唯一の存在証明だったというのに。 こうも簡単に、君は私を壊してしまう。 ー2秒。 「その本、好きなの?」 私がそう、あの夏には少し不釣り合いな 陰鬱な御伽噺を読んでいた時だったね。 君の表情はこの主人公とは正反対の様にも見えてたよ。 願わくば、ずっと見ていたかった。 でも、君が近くにいると私は壊れてしまう。 私の心の奥に封じた御伽話が君を覆ってしまう。 君を染めてしまう。 それは嫌だ。 君は私を傷つける。 いいや、 君がいると私が私を傷つける。 君が誰かといるだけで私は悲劇の主人公になる。 そこは全て演技であると分かっていながら。 私の空虚な妄想だと解っていながら。 私はそれが判らない。 それを私は「穢れ」と呼んだ。 そのちっちゃな劇場の戯曲名なんて 知る必要もなかった。 本当は知りたかったな、なんてね。 ー3秒。 「話って、なに?」 そう言って君は笑った。 私は何故だか悲劇的な想像を繰り返しては 自己完結を繰り返す、そんな性格だった。 何も許容出来なかった2つのそれは切れ目だらけ。 「でも、そうだね。」 でも生きていて良いって思えたのもそれがあったからだったと思う。 辛いことも、悲しいことも心の中で纏められたから。 それでよかったと思う。 そうしないと、自分も辛いから。 そうしないと、生きていけなかったから。 でもね、君はそんな私の汚い部分を認めようとした。 許そうとした。 でもそれはさ、私にとって救いでも何でもなかった。 今までの私の人生を否定することになるから。 いままでいろいろがんばってきたのを ふみつけられたくはなかったから。 これ以上否定したくなかったから。 したくなかったの。 だから私はそんな君を殺してしまおう、と思ったんだ。 だからこの刃先を君に向けてやろう、と心に決めたんだ。 でも、君は最後まで何も変わらなかったよ。 「それはその人のことが大切で、好きなんだから当たり前だよ。」 あたりまえ、 そっか。 ばかは私だったんだね。ごめんね。 なんで今まで気がつけなかったんだろうね。 泣いていいよ。 私、本当は君のこと知りたかった。 そっか、私。君のことが_____ そうして、彼女は鳥になった。 一面の白い景色は空の青ささえも飲み込む様だった。 肌を刃先でつつかれる様なこの寒さにはもう慣れた。 そう、あの夏。君はここから飛んだ。 最期まで愛を知ることなく、 夏の景色に溶けてしまった。 「私さ、すぐ悪い想像しちゃうんだ。」 今となっては君のこと、よくわかるよ。 でも君は僕を置いていってからの事は考えなかったんだね。 それだけどうでもよかったってことかな。 君の「穢れ」は君だけのものじゃない、と。 それは誰かに対する想いであるだけだ、と。 気づかせてあげることが救いだと信じていた。 でも、そんなの必要なかったんだね。 3人目の助言は君にとって苦痛でしかなかった。 その君の見方にも悲しくなったよ。 でも僕は泣けないんだ。 だって、今日はあの時のこと、謝りに来たから。 その逃げ場所に終止符を打ちに来たから。 君はその性格のせいで小さな頃から沢山傷つけて、傷つけられてきたんだね。 だからそれを隠すために沢山我慢して、 それを生き甲斐として生きてきた。 そんな事、知りもしないで僕は君に素直に生きて欲しい、と思った。 幸せになって欲しかった。なんて願った。 「どうしたら良いのかなって」 ごめん 「どうしようもないのかなって」 ごめん 僕は君のことなんて何も判っていなかった。 鳥になろうとしたあの数刻前に、君は笑っていたね。 そしてあの小さなナイフと共に墜落した。 何故君があの時、それを持っていたのか今なら解るよ。 僕が君の近くにいると君は汚い部分を直視してしまう。 見たくない部分を見せられてしまう。 だから目を背けようとしたんだね。 つらくって、つらくって、 僕のこと、殺そうとしたんだね。 君にとって僕は悪でしかなかった、んだね。 ごめんね。泣いちゃった。 泣かないって決めてたけどさ。 ああ、そっか。 こんなに暖かいんだね。 ずっと忘れてた。 そっか。 君は僕を許してくれるのかい? 僕も君のこともっと知りたかった。 ___僕は君のこと、好きだったよ。 そうして、僕は鳥になった。 遥かな空の下。 彼女は世界に溶け、踊る。 逆行する景色上彼女は願いを知、微笑む。 逃避行動下の内観は彼女に羽を与えた。 彼女は重力と対を成す存在と化、やがて。 紡ぎあって繋ぎあって、できた街。 願いは燃焼性を伴って存在す。 彼は一人凝固する。 平坦な世界での存在証明は不要と判断。 その飛翔を墜落と形容、歪む。 イデアの奴隷、御伽の犠牲へと。 エゴを包むが後、堕ちてゆく。
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