雪の降る街

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雪の降る街

暗み、眩むこの夜更けに願いを添えて。 月夜の下で二人は舞う。 目が燃え尽きてしまいそうな程の熱は継続のみで形作られている。 今にも彼は辺り一面の白き舞台を灰色に染めてしまいそう。 彼は背徳感、劣等感を併せ持つ形となって その大地に一時的な傷を、印を残すため その足を前へ、前へと進めていた。 あの時から一粒の涙も流れていない。 今はこの重みに抵抗するので精一杯だった。 しかし、僕も無駄に頑丈である。未だに自己完結でカタチを保っている。 でも、やっぱり重い。 不思議だ。 一人の生命を救った。その為に一つの命を切り捨てた。 消えた一つの灯火が僕の目に、耳に、それから腹に、頭に、確かな軌跡を残してゆく。 驚く程にその規模が釣り合わない。 ただ一つ、そこに残った結果。 それだけがこの世界を形作っている。 今の思考は恐ろしく冴えている。 合理的考察が前面へ来るのはかなり危険な事位判り切っている。 そこに感情は介入しないから。 そこは規則的でしかないから。 いいや、でももう手遅れだろう。 こうして全く同じ行動を 昨日も、 一昨日も、 気付けば一ヶ月間狂った様に反復していたのだから。 目の前の少女は散水機と化した。 音は何もしなかった。 問題はその後で。 それが首元から鮮やかな塗料を全て吐き散らすまで差程時間は掛からなかった。 皆、我に返った様に口元を歪め、叫ぶ。 ”人殺し” 呆然の二文字。 針は折れてなんかいなかった。 僕がやった事は明白だった。 今日も再生したものの結果は何ら変わらず。 言ってしまえばその後の記憶が都合良く欠落しているのだ。 この小さな体に不釣り合いなこの背嚢の中身を見る限りきっと何かあったのだろう。 どれも思い出のあるモノばかりだったから。 逃避行はまだ始まったばかりだ。 情報が全て白で染ったこの町。 辛くはあるけどこれもきっと贖罪。 ....いいやそれは一体何の? 「わからない」 君だってなにも掴めてないじゃないか。 「わかってる」 厄介な事にヒトは常に内面見つめている生き物だ。 外的刺激でそれをごまかし、生きるしかない。 彼にはもう外の恐怖はない。 よって内面を見続けた挙句心が二つに割れてしまったのだ。 「でもあのままなら彼女は死んでいた、あの人が居なくなるのは、嫌だ。」 自分を殺してまでも? ... ... ああ、確かにそうだ。 彼は色を変えたこの場所で停止する。 一番美しい時間帯。 彼もその一部と化している。 第三者から見た限りでは幸せそうな日常の断片の一つに過ぎない。 人を殺すことは、自分も殺すこと。 人を捨てること。 もう何も残せないし、残らない。 「それでも」 それでも。君の心には僕が生きていると思うから。 きっと、君にとってのヒーローになれたと思えているから。 「ヒーローね。」 自嘲。もはやどっちが僕か解らない。 呼び起こされる記憶。 歪む表情。 あぁ。 涙が零れそうになるこの風景。 救われないと分かっていても。 逃げ出したくなるこの瞬間。 これの何処がヒーローだよ。 やっぱりあのお守り、捨ててしまえば良かった。 辺りは未だに静寂に包まれない。 もうどれだけの距離を歩いたのだろうか。 一山越えた後、いつの間にか雪の降らない町まで辿り着いた。 未だに騒音と人工の光で支配されたこの地域で、沢山の人が生きている。 その実感は僕の気分を悪くさせた。 夜を知らないこの町は「生存者は少女一人のみ。未開拓村にて抗争発生か」だとか「自殺者36年間で最多」だとか物騒な話題で盛り上がっている。 スケールが大きいモノは都会人には好かれやすい、んだろうな。 そうか。それ程小さな世界の話だったんだ。 この感情の名前が、僕には分からなかった。 また、一人。 町を抜けたは良いがこの対比は帰って精神を削がれてしまう。 また、彼が出てきてしまう。 何故そんな事が分かる? 心は形も協調性も持たないのに。 月夜。彼は一人。 あ。そういうことか。 「人の心は、わかろうとしてもわからない。」 埋まらない溝の存在。 「なら、」 この葛藤も 「誰かにとっての正義も」 元から存在すらしていなかったんじゃないか? なんだ、僕は只の人殺しでしか無かったんだ。 そう。これはまた一つの彼の結末。 そうして彼はもう一度白紙へと回帰する。 時計の針は進んでいる。 この手。彼女を殺したこの手。 次のターゲットは決まっている。 殺してやる。 同じ手で彼女を救った奴を。 そう思いついた挙句、突発的に家を飛び出し駆け出した俺は馬鹿だったと思う。 今からあそこに行ける筈無いだろう。 あの、雪の降る街へと。 夜空に広がる満天の星空はあの感情も、家に置いてきた彼女の事も、嫌な事も全て忘れさせた。 気が付くと、小さな公園に着いていた。 夜は遅く、更け始めの様なので人はいない。 そこに1つ、動く影を見つけた。 思えば他人に興味を持った事自体久しぶりだった、 _こんばんは。 予想外。 でも彼の声は上へ上へと響いているように聞こえて、 「俺、ようやく強くなれたんです。」 「奇遇ですね。僕も人殺しなんです。」 時計の針は急速に、進み出す。 君の目は腐り切っていた。 「しかし、」 わかる。君の性根は生きている。 殺したくても殺せない。だから腐る。 何故だか俺らは互いの事をよく解っていた。 沈黙下。 下を見る。限りがあるのは安心を与えてくれるから。 少年をちらり、と見る。 彼はどこか、遠くの何か。何かと呼んでいいのかも分からない様なモノを見つめていた。 憧れのような、そんな目付きで。 ああ、きっと僕達は月と太陽みたいなモノなのだろう。 僕は月だな、と嘲笑い彼は呟いた。 「僕、数日前に同級生を殺したんです。」 その言葉は永遠そのものの様に聞こえた。 地に足が着いていないのだ。 その筈なのに、彼は落ちていない。 いや、堕ちる事を無意識に許していなかった。 俺も同じ景色を見たい。 という憧れに似た感情から 大空を見つめる。 あぁ、知らなかった。 こんなにも俺も抱擁してくれる存在が近くに居たなんて。 君はどうなんだい。 打ち明けてご覧。 夢との堀にいる彼はそんなこと言われていないのに今迄の事を考え直した。 そうだったのか。 君にとってのヒーローはあの時に殺していたのか。 「俺はさ、みんな殺しちゃった。」 つまらない話さ。 彼女を救ったヒーローが怖くって、 君の笑顔が眩しくって、 そんな君がこれまでも無く憎たらしくて、 気がついたら、もう何もいなかった。 行かないで欲しかっただけなのに。 「そうですか。」 興味なんて、無かったよなと思い彼を見る。 彼はさっきより遠くを見つめていた。 その顔にははっきりとした敵対意識が存在していた。気を抜くと直ぐに殺されてしまいそうなそんな感じだ。 「不思議ですね、まるで僕らは月と太陽みたいだ。貴方が羨ましい。」 でも 「俺はヒーローなんかじゃないよ。そんなの、なりたいなんて思ったことないさ。」 「僕もです。あんなの、砂の大地の蜃気楼みたいなモノですから。」 きっと俺達はあの窓際の少女の様に大地を見下ろす事なんて出来ないのだろう。 思えばあれは去年の夏からだったかな。 君は僕と関われなくなった。 理由は校内での男女交際での諍い。 挙句自殺してしまったのがトドメとなった。 少女は夏空へと飛翔して、 少年はその次の冬に溶けてしまった。 母なる大地を捨て、翔く事を選んだ少年少女の物語。 それ以来、校内恋愛は禁止された。 やっと決心した頃だった。 校内に君の噂が流れた。 あいつ、大学生と付き合ってるんだって。 それから、それから、 気がついたら君は1人になっていて。 それから、 僕はヒーローになり損ねた。 短く切られた君の髪が瞳に映るようだった。 広い、限りなく無地に近い闇を2人は1人占め。 互いの名前を知る必要なんて無い。 罪人に名前は必要ないだろう。 彼は最後に姿を現した。 暗いときほど、空を見るんです。 広い、広い空を。 遠くを、遠くを見るんです。 どこまで見ても端は見えない。 どこまで深くまで行ってもまだ壁はない。 いいや、壁があるかもわからない。 少し怖いかもしれないけれど、 でも、そこは広いんです。 奥も手前も、上も下もないんです。 そう、無限。 無限は僕ら関係なく包み込んでくれる存在。 そこには全てがある。 でも壁がないから何処までを無限と呼ぶのかがわからない。 だから何もないんです。 そうしているうちにだんだん不安になってくる。 何処までが自分? 何処までが貴方? ひとつは怖い。 人はそれぞれだから、二つだと安心するんです。 どこまでも一つは寧ろ枷になって動けなくなるから。 …ああそうか。やっとわかりました。 彼は何かを焦がれるような表情で、 手遅れだと分かっていても絞り出すような声で それでも、僕は誰かの星になりたかったんです。 そう吠えた。 「…長々と話してしまってごめんなさい。 僕はもう行きます。 最後に、これを。」 ここまで話すと彼は小さなそれを大きなリュックサックから出し、 少し寂しそうな表情を一瞬露わにした。 「これはあの子がくれた物です。 これは僕らを繋いでいてくれます。 いつでも、どんなときでも、 この夜のことを忘れない。 …もう僕には持っていられないもの。 では。」 そうして少年は雪の降る街へと歩き出した。 きっとまた何度も同じ雪を見るのだろう。 成れの果てを想像することは彼にはできなかった。 それは彼にはできない生き方そのものだったから。 彼はここに1人、彼の背中を追い越せなかった。 彼の殺したかったヒーローはずっと目の前に居たのだから。 彼と出会ったあの夜からもうどれだけ日付を刻んだか分からない。 君の表情はもはや俺にはわからない。 ただ、あの時を思い出すと心だけが痛んだ。 しかし、不運な事に俺の記憶はリセットを繰り返した。 結果、この結界を作り上げてしまった。 あの夜君がくれた仙人掌もきっともう腐ってしまっている。 ここは雨の降る街。 君と混ざることのない極地に辿り着いた俺の物語が始まる。 君のいない街 終
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