君を見ている

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君を見ている

飽和し切った月夜が満ちる。 風向きを忘れてしまったのはいつからだろうか。 終わりの見えないこの物語の存在証明。 それは満たす為だけにあるから、駄目。 彼は一人、この見えない場所で世界を視ている。 浮かぶ言葉など何処にも無い。 在るのは月を支える青黒き極夜。 風景全てが行き止まり。権利は在るが使えない。 一枚張りの硝子の外から君が見ている。 影の無い此処で、何処かの僕を見ている。 筆が、動かない。 この感情を描き殴ってから君はこの筆を押し留めている。 それは波の様で。 僕の体を縛った。 御生憎様。意思も意識も毛頭亡い。 君の手を取るよ。 横隔膜が意識と共に蕩けそうだった。 前を向いて、歩けない。 綻を吸収するかの様に 浮かんだ足で生に抗い、歩む。 朝日は大地を焼き尽くしている。 赤の波が脳裏に触れてくる。 その音で、重い首を前へと向ける。 ああ、と彼は思った。 そしてその親指に触れ、 その手を、食い千切った。 ああ、だめだ。気をつけないと零れてしまう。 気をつけないと。 ああ。 気をつけないと。 雨も降ってきた。 薄くなっては、届かない。 筆を進める。 今、彼には其処しか見えていない。 色を失った体液に、塗れてゆく。 雨はその零れ出る墨の勢いと釣り合う様に強くなっていく。 大地に溶ける錯覚。 微笑に終わらぬ彼女の物語は続く。
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