思い出をさまよう

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 ふと気が付くと、私は夜の街をさまよっていた。  また、やってしまったのか。深夜徘徊を。  なんとかして、家族が気付く前に家に帰らないと、今度こそ、介護施設に入れられてしまうかもしれない。  家族には、本当に、迷惑をかけていて申し訳ないと思う。  しかし、申し訳ないと思っても、現にこうして、気が付いた時には、夜の街で道に迷っている。  後で落ち込むのだが、それは役に立たない。予防にはならない。  しかし、ここは、どこだろう? 見覚えはある気はするのだが、どこだかさっぱり分からない。  例えば、あのサニーマートは、確か、マナミが幼いころ、いつもコンビニはサモン・イレモンばかり行っていたのに、たまたま、その日、気まぐれに、サニーマートに入ろうとしたら、幼いマナミが、サモン・イレモンじゃなきゃ嫌だと言って、駄々をこねて困ったサニーマートではないだろうか?  あのときは、マナミをなだめすかすのに苦労した。しかし、あの頃のあの子はかわいかったな。今、あの子の子供が、ちょうど、同じくらいだな。不思議なもんで、頑固なところは、あの子によく似ている。年金が出たら、また、内緒でお菓子を買ってあげよう。  あれ? おかしいな? あれは、私が、新卒で配属された街の和菓子屋さんじゃないか? 慣れない仕事で疲れた心を、あそこの和菓子が、やさしい甘さで癒してくれたもんだ。懐かしいなぁ。でも、こんなところにあるはずないんだが。  おやおや? あの喫茶店は、よく母さんとデートの待ち合わせに使った喫茶店じゃないか。ケーキ一つと紅茶一杯で何時間も話したっけ。よく、あんなデートで愛想をつかされなかったもんだ。でも、たのしかったなぁ。  おや? ここは、ヨシキとサッカーの練習をした公園か。才能があるとはお世辞にも言える方じゃなかったけど、よくがんばったよなぁ。あの子にしては、よくやったよ。  ここは? ああ、この中に百均ショップが入ってるんだ。マナミとヨシキに1つずつ買っていいと言ったら、あの子たち、2個100円のお菓子と、2個100円のジュースを買って、分け合ってたっけ。仲のいい姉弟だった。  ああ、この定食屋さん、よく来たなぁ。安くて、おいしくて、子供たちもお気に入りで。また、行きたいなぁ。  このお医者さん。いいお医者さんだったなぁ。「なんで、もっと早く来なかった?」って、真剣に怒ってくれったっけ。あんな人、今は、いないよねぇ。  ここの時計屋の主人には、世話になったなぁ。無理言って直してもらった腕時計、何個だろう? 俺も、変な腕時計集める趣味は、ほどほどにしないとなぁ。  ここのラーメン、うまいんだよねぇ。今の流行りと違うから、客の入りはいまいちなんだよねぇ。つぶれないといいなぁ。  おーぅ、おもちゃ屋だぁ。子供たちが小さいころは、クリスマスプレゼントっていやぁ、ここだったなぁ。子供たちが、「サンタさんはミマス屋でプレゼント買うんだね」って言ったもんだ。  ありゃ? これは? いきなり、学生のとき住んでたアパートの近くのスーパーじゃねぇか。こん中に、食えるところがあってさ、コロッケバーガーってのが、安くてうまかったんだよ。俺、なんか、死にたくなったことあったんだけど、何日か食わなかった後、ここのコロッケバーガーが食いたくなったんだよなぁ。あれがなかったら、死んでたかも。  この辺りは、母さんと所帯を持ったばかりのころに住んでたところか? あの頃も楽しかったよなぁ。まぁ、割とすぐに、子供出来たんだけど。子供好きだから、子供いる楽しさで、2人きりの頃の楽しさ、忘れてたなぁ。  でも、ここは、一体、どこなんだ? わけがわからないぞ。  おや? 人影が?  ああ、お迎えが来た。
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