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日々
「おじさん、今日も頼むよ」
この青年はダンヒュールズ・グァロン。8年前に村を襲われ、命かながら逃げてきたあの日の少年である。現在18歳。この日もいつものように、食肉用の獣を狩ってきたのである。
「おおっと、こりゃまたずいぶん狩ってきたな! 金貨1枚ぐらいの量じゃないか? 」
グァロンは今、狩ってきたイノシシや鹿を肉屋に売って生計をたてているのだ。
「ほんとですか?! 」
「いや、グァロンくんにはお世話になってるからね。金貨プラス大銀貨1枚だ」
「お小遣いってこと? 」
「まあそんなところさ。それにしてもグァロンくん。最近凄い稼ぎが出たらしいじゃないか」
主人が聞いた話は、グァロンが洞窟を探索して、プラチナやその他金属の鉱脈を掘り当てたということである。それでグァロンは、国王から与えられる金貨30枚分の価値のダイヤモンドを手に入れたのである。
「まあ、まだ使ってないんですけどね」
「いや勿体ないなぁ。俺だったらすぐに換金して、好きなことに使うけどねぇ。あっはっは! 」
主人の話を聞いた後、自分の好きなことにとは何かを考えながら家に帰っていた。城下町に家を構えるにはなかなかまとまった金額が必要なので、グァロンは町の外の森に、自作の家を作ったのである。
「好きなこと好きなこと......」
帰って寝床に寝転がっても、ダイヤモンドを見つめていても、答えは出なかった。
「......難しいことは今やらなくてもいいか。明日やればいいんだから」
肉屋でそれなりに稼いでいるので、不自由のない生活を送ることが出来ている。グァロンはそれ以上を求めていなかった。
-翌日-
「ふぁああ......」
起き上がって最初に目についたのは、ダイヤモンドだった。
「そっか、考えないと......」
見つめていても答えは出ない。意を決して、グァロンはダイヤモンドを持ち、城下町に出掛けた。
-サンナガリル王国 城下町-
換金所でダイヤモンドを大金貨30枚に交換したところで、目的のものがあるかもしれない場所に向かった。
ここはいつも賑わっている。市場だ。あちこちから値切りの交渉の声がする。少し歩くと、その賑わいはなくなり、暗い雰囲気の場所に出た。グァロン自身、城下町にこんなところがあるということを知らなかった。
一応市場のようなものがあるようなので、覗いてみた。すると、そこで売られていたものは、幻覚作用のある植物や、中毒性が高い果物などだった。城下町の裏の顔である。
「あの、すいません。これって」
グァロンが話しかけたのは、汚ならしい印象を受ける老人であった。店の店主のようだ。
「ああお客さん。これはいいよぉ。快楽を得られる魔力がたっぷり入っている。サキュバスの相手するより、全然いいぞぉ」
「やめときます......」
危険な香りがしたので、足早にその店を去った。
またしばらく歩くと、今度はいくらか賑わっていた。しかし、それも良くはないものだった。
ヒューマンオークション。つまり人身売買だ。売りに出されていたのは、少女から老人まで。平均で金貨1枚。若さや実用性のステータスが高いほど、いい値で取引されるようだ。
なんとなく、魔力を使ってヒューマンオークションに出された奴隷達を鑑定眼で見てみた。ほとんどが人間だが、肌色に塗られた異種族もいるようだ。その中で特にグァロンの目を引いたのは、単眼の少女だった。片目が無いということではなく、大きな瞳が一つだけなのだ。
グァロンの周囲で、化け物だとか、気持ち悪いだとか、そういう声が多く響いていた。
耐えられなくなったグァロンは、このヒューマンオークションを開いている男性に向かって手を挙げた。
「すみません。その人達、全員買い取ります」
辺りがざわざわとし始めた。当然、異例の事態だ。
「か、金があるんならいいけどよ......金貨20枚だ......」
「大金貨2枚で」
約10人の引き渡しが完了したところで、明るい市場に行き、全員の手枷や首に巻かれたロープをほどいた。
「さあ皆! もう自由だ! どこにでも好きに行きな!! 」
汚れた服を着た人達は、大喜びだった。十分すぎるぐらいのお礼を言われ、全員が去っていった。
しかし、あの単眼の少女だけが残った。
「......僕と来たいのか? 」
こくんと頷いた少女。グァロンは仕方なく、自身の家へ招待した。
-グァロンの家-
「......」
「......」
「......」
「......て、天気がいいね」
この状況で無難な話をした。単眼の少女は、少し頷くだけで、言葉は話さなかった。人間の言葉を理解している時点で、話そうとすれば話せるはず。
それにしても、奴隷であったことから、体がとても汚れている。一応女の子であるから、自分が風呂に入れるのはマズイと思ったグァロン。
-肉屋-
「あの、おじちゃん? ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
「うおっとビックリした! 誰だいその子」
「ヒューマンオークションで競り落として来ました。目を引かれてしまって」
ふぅん、と主人は単眼の少女をしゃがんで見つめた。少女は、少し怖かったのかグァロンの後ろに隠れ、そこから主人を見た。
「サイクロプスかい? 可愛い子じゃないか! 大切にしなよ! 」
心なしか少女は、その大きな目を輝かせていた気がした。
「それで、用があるのは奥さんなんですけどね」
「なるほど、風呂かい? 頼んでおくから大丈夫だよ。中に入って待ってな」
「あ、ありがとうございます! 」
少女はグァロンから離れると、少し不安そうな目でグァロンを見た。
「大丈夫だよ。きれいになっておいで」
-数分後-
「そら! 白い肌がお見えだよ! 」
奥さんが連れてきた少女は、体全体の汚れを落としていた。その分、向こう側が透けて見えてしまうような透明度の肌だということが分かった。
「あ、ありがとうございます! じゃあ代金を」
「いいよそんな! うちが風呂屋だったら金をとってたけどね。グァロンくんには世話になってる。これぐらい朝飯前だ! 」
「いいんですか? ありがとうございます! 」
グァロンはそのまま少女を連れて、服屋に向かった。
その後肉屋の主人達は。
「そういえばあの子、服もボロボロだったなぁ」
「そうねぇ......あっ!! 」
「ど、どうした?! 」
「っていうことは、服を買いに行ったんじゃないかしら!! 」
「ま、まずい! このあたりで服屋といったらあいつの店しかない! 」
-服屋-
豪華な内装に美人な店員。そして奥から出てきたのは、いい印象を受けない貴族のような男性が現れた。
「何かお探しですか? 物好きの肉屋さん? 」
少女を見て、男はいった。つまり、単眼の少女を連れているのは変だということだ。見下すような目で、また言った。
「少女の服を買いに? まさかねぇ? こんな奴隷の服など、買うはずがありませんよねぇ? 」
グァロンはイラッときた。どれだけ少女を侮辱すれば済むのだろうと。しかし、少女を巻き込みたくなかったため、平常を保ち、話し始めた。
「いえ、この子の服です。可愛く仕立ててもらえたらいいんですが......」
「はっはっは! 冗談がお上手な方だ! まあそうですね。この子に似合っているとしたら、これですかね」
すると男は、店員に何かを取り出させた。男が持ったそれは、汚れた雑巾2枚。男自身も指先でつまむようにもっている。
「あの......これはなんですか......」
「見ての通り、雑巾です。これでも張り付けてリードで連れればいいんじゃないですかねぇ? 」
我慢していたグァロンの怒りが、ついにあふれでた。その煮えたぎる熱い感情は、グァロンの顔の人間化を、少し剥がしてしまった。
「今、なんて言ったんだ!? 」
「ひえっ!!! り、リザードマン?! 」
「リザードマンじゃない!!! 俺は......ドラゴンの子だ!! 」
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