8年前

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8年前

ドラゴンっつったらお前、魔族や魔物が存在するこの世界においても伝説とまで言われてる生物だぜ? まあ数年前まで存在はするって言われてたけど。でもドラゴンなんて実在するとしたら、あの伝承にある地だなぁ。 -8年前- うっそうと生い茂る森の中、少年が槍をもって駆けていた。追いかけていたのは、イノシシだ。 「まてー!! もう丸1日何も食ってないんだぞ!! 」 倒木を乗り越え、川を渡り、狙いを定めて投げた槍は、見事イノシシの腹部に命中した。 「捕まえたぁ!! 早く持って帰ろう! 」 槍を引き抜きとどめをさすと、少年はイノシシをおぶる形で運んだ。 -シャンゲルの地 カカゲ村- 「お母さん! とってきた!! 」 少年が嬉しそうに駆けよった人物は、二人分の洗濯物を干していた。少年の母親である。 「おお! イノシシをとってきたか! よし! 今晩は腹一杯食べな! 家の中にパンがあるから、晩御飯になるまで食べて待ってなさい」 「はーい! 」 イノシシをその場に置いた少年は、家に入っていった。 同時に、敷地の掃除をしていた村長のおばさんが心配そうに寄ってきた。 「大丈夫なの? 獲物を自分で捕らえるまでご飯抜きって。ちょっと厳しくないかしら? 」 それを聞いた母親は、少々嬉しそうな顔をして言った。 「私とあの人の子だもの。これぐらい捕ってきてくれなきゃ、私が困るわ」 「旦那さん......どこ行っちゃったのかしらねぇ」 「さあ、どっかでのたれ死んでるんじゃないのかなぁ? 」 「もう、シアちゃんたら」 「ふふっ」 母親は、性格こそ荒いが、見た目はおしとやかなお嬢様のような姿だった。 -夜- 「さあ出来たよ! モリモリ食べて強い男になんなさい! 」 「うわぁ! 猪肉! いただきまーす!! 」 美味しそうに肉を頬張る少年の姿を、微笑で見守るように見ている母親。幸せを具現化したようなその光景は、一夜にして崩れ去った。その気配を、母親は既に感じ取っていた。 「......グァロン、今すぐ家を出るよ」 「え、なんで」 「いいから早く!! 何も持たなくてもいい! 」 母が怒鳴るのは珍しいこと。それゆえ、怒鳴ったときはよほどの緊急事態なのだ。食べかけの夕食を残したまま、母と外に出た。 しかし、外はもう炎に包まれていた。よく見ると、村の者ではない人物が何人かいた。 「ドラゴンを捕らえろ!! 人間は殺しても構わん!! とにかく探すのだ!! 」 その光景に絶望していると、村長が駆け寄ってきた。 「シアちゃん! グァロンくん! 今すぐここを離れな!! 狙いはあんた達だよ!! 」 「分かってるわ! でもこの子は?! まだ人間化解除の仕方もわからない年齢なのよ?!」 少年グァロンには、2人が何を言っているのかが理解出来なかった。狙いが自分たちということも、人間化ということも。 「でもね、今はこうするしかないの!! あなた達は、あの人が残した唯一の宝物なのよ!! そんなあなた達を逃がせなかったら、私はあの人に合わせる顔がないわ!! 」 「あの人は死んだの!! もうずっと帰ってきてないのよ?! だから私にも戦わせて! あなたはこの子を連れて逃げて!! 」 村長は落ち着きを取り戻し、静かに首を横にふった。その後母に何かを言ったが、聞き取ることが出来なかった。母は言葉を聞いて、珍しく涙を流した。 「......分かったわ。絶対に生きてね。また会いましょう」 「ええ、ここはカカゲ村の全員で食い止める。後ろも振り返っちゃダメよ!! 」 村長は、炎がまわっている場所に向かって、剣を抜いて走り出した。それと同時に、少年と手を繋いだ母は、村長とは逆方向の森に向かって走った。 「お母さん! 村長さんは? 」 「ダメ!! 村長さんの言う通りにしなさい!! 」 名残惜しかったが、少年は生まれ過ごしてきた故郷に別れを告げた。 暫く走ると、流石に2人とも体力に限界が見えた。足元がふらつき、少年が先に倒れてしまった。 「グァロン!! 」 息子を抱き抱えるため、一時止まっていると、森の奥の方から馬の足音が微かに聞こえた。 「追い付かれた......」 息子を抱えて逃げようと思ったが、すぐにそれでは捕まってしまうと分かった。母がたどり着いたのは、1つの答えだった。 「グァロン、ここからまっすぐ行くと、川が見える。それを下っていけば、町に着くはずよ。着いても、自分の生い立ちをわきまえて過ごすのよ」 「え? 生い立ち、って......? 」 母は、静かに人間化を解除した。その体はみるみるうちに大きくなっていき、服を破り、白銀の鱗が生えた。 「ドラゴンと人間の間に出来た子供ということをよ」 今まで人間だった母がドラゴンになった衝撃とは、普通は体験できないが、腰を抜かしたという少年の体の反応を見れば、少しは想像することができる。 「逃げなさいグァロン。今お母さんが言ったことを忘れないで、そしてもう1つ」 ドラゴンになった母は背を向け言った。 「あなたのお父さんは、英雄よ」 翼を大きく振り上げて、母は勢いよく飛び立った。そしてある位置で着地し、戦い始めた。 少年は逃げた。怖かったということもあるが何より、母の言葉は信じて受け入れなければいけないと、意識に強く根付いていたからである。 走っていると、母が言った通り川に突き当たった。それを明るくなるまで下って行き、遂に村にたどり着いた。 「......お母さん」 立ち直れる強さを与えてくれたのは、母だ。少年は泣かなかった。母は絶対に生きている。そう信じていた。 「......生きるためには、働かなきゃ」 その町のシステムを教えてくれたのも母。少年は森にある材料で槍を作り、獲物を狩りにいった。
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