迷彩柄の優しさ

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迷彩柄の優しさ

「ねぇ塔子ちゃん、結唯奈ちゃんと禅くんってお似合いだよねー」 「うん、そう思う」 「ねぇねぇ、禅くんの好きな子って結唯奈ちゃんだと思うんだけど塔子ちゃんはどう思う?」 「うん、そう思う」 「塔子ちゃん、結唯奈ちゃんと禅くんって両想いじゃない?」 「うん、そう思う」 "うん、そう思う" 私、植月(うえつき) 塔子(とうこ)高校1年生。 この言葉は小学生の頃から飽きるほどに言ってきた私の決まり文句。 私には、幼い頃からの付き合いである幼馴染の男の子と女の子がいる。 美男美女の幼馴染だ。 三門(みかど) (ぜん) 道重(みちしげ) 結唯奈(ゆいな) そう、この二人である。 禅は世の中的にはイケメン(美男)の部類に属するいわゆるモテ男。 結唯奈も世の中的には美人(美女)の部類に属するいわゆるモテ女。 そんな二人の間に挟まれているのが、私(塔子)である。 昔から、私と結唯奈に対する禅の態度には差がある。 禅は私に対して何かと揶揄って来たりイタズラしたり…雑な扱いをする。私を女として見ている気配がないのだ。 そのせいで、私は優しい男子にときめきがちである。 一方結唯奈に対してはというと、他の男子がしているのと同じような優しい態度を取るのだ。 だから私は、昔から確信している。 禅は結唯奈の事が好きなんだと。 人間は想像力が豊かだ。 "きっと・・・〜だろう" "そうに決まっている" "・・・〜に違いない" そう…私も想像力が豊かである。 "きっと、禅は結唯奈のことが好きに決まっている" "きっと、結唯奈も禅のことが好きに決まっている" "きっと、禅と結唯奈は両想いに違いない" この想像力は、私が小学生の頃からあるものだ。 この想像力が生まれた時、幼馴染の禅の事は絶対に恋愛対象として見てはいけないのだと…私は静かにマウンドを降りた。 以来、私は結唯奈と禅の二人の仲を静かに応援している。 そうすれば、三人の仲も壊れなくて済むのだ。 私の長年描いていた想像も、いつかは事実になるのだろうと、頭の中では覚悟をしているつもりだった。 モテ男とモテ女がくっつけば、皆が納得する収まり方。 周りだってそう言っていた。 私もそれが一番だと思っている。 ”うん、そう思う" 私の決まり文句はいつでも活きる。 男女の友情は成立するのだろうか ”YES" 異性の幼馴染が恋愛感情抱かずいられるだろうか ”YES" 男女の幼馴染3人いた場合必ず拗れずにいられるか "YES" "YES" と言う名の… "うん、そう思う" これが幼い頃から私がそう信じてやまない事。 私さえそうやって、ブレなければ大丈夫。 中学時代、いよいよ高校の進路を決めるという時期に私の中で長い間描いていた想像が事実になっているのだということを察しなければならない出来事があった。 その時私は、幼馴染二人から離れる決意をした。 高校に入学すれば、今までのように三人で仲良しこよしな幼馴染はもうおしまい。 私はいつでもフェイドアウトする覚悟は出来ている。 そうすれば幼馴染の禅と結唯奈は、私に気を遣わなくても良くなり、晴れて恋人同士になれる。 二人はハッピーエンドになるのだ。 そう思って私は、二人とは違う高校を敢えて選んだ。 なのに… どういうわけか… 今もまた、三人揃って同じ高校に通っている…。 高校に入学してからの私はたまに思うことがある。 自分にだけいじわるな男の子と、誰にでも優しい男の子。 どちらが良いのだろうか? きっと、どちらにもそうする何か理由があって、周りには知る由もないその人なりの気持ちや動機があるのだろうか…。 もしそうならば、どちらでも良いのかもしれない。 "優しさとは何か" 他人に対しての優しさは、どこまで本当の優しさなんだろうか。 優しさとは、何種類の優しさがあるんだろう…。 --- 禅「はい、これお茶」 結唯奈「サンキュー」 禅「ん」 塔子「あぁ、ありがと…」 ゴクゴク…ッ… 塔子「にっがァァーッ!!何コレーッ?!」 結唯奈「え?苦くないよ?」 禅「ハハハッ!塔子のはセンブリ茶ッ」 塔子「センブリ…っっ、久々に聞いたわッ!って何で私のは普通のお茶じゃないのよッ!そもそもこのお茶…アンタわざわざ作ってきたのッ?!」 禅「そーだよッ。感謝しろよー?お前胃腸弱いんだからちょうど良いだろッ」 塔子「・・っっ。こんな所でそんな効能求めてないわッ」 塔子はギリギリ怒っている。 結唯奈「私、それ飲んでみたい」 禅「結唯奈はやめといた方が良いよ。舌がイカれるから」 塔子「ちょっとッ!私の舌はイカれても良いってことッ?!」 禅「お前の舌は丈夫そうだから大丈夫だろ?だってお前、辛いの平気じゃんッ。それ全部飲まねぇと効果ねぇからなッ!ちゃんと飲めよ」 塔子「辛さと苦さは別でしょおがッ!だいたい何で全部飲まなきゃいけないのよッ」 塔子はムスッとした。 塔子は幼馴染の禅と結唯奈の三人でお昼休みに度々、中庭にあるテーブルと椅子がある場所に集まっては、腰掛けていた。 「・・・・」 "こうやって見ると、本当に禅と結唯奈はお似合いだよな…。禅の奴、相変わらずいつも私には当たりが強いのに、結唯奈には普通に女の子に接する感じだし…。両想いなら私なんかほっといてサッサとくっつけば良いのに…" 塔子は頬杖をつき、目の前に座る禅と結唯奈を呆然と見つめながら一人思考を巡らせていた。 禅「何だよ…お前」 結唯奈「どうした?塔子」 塔子「あ…いや、二人ってさ…何でこの学校に来たのかな?って、ふと思って…」 禅「は?」 結唯奈「え?」 塔子は中学時代の進路を決めたあの時の事を回想した・・・ -- 中学のあの時- 「結唯奈、禅…、私ね…やっぱこっちの高校に行く事に決めたからッ」 塔子は高校のパンフレットを見せながら二人に言った。 禅「は?何で…」 結唯奈「え?」 塔子「よく考えたら…こっちの高校の方が私には合ってそうだし…」 禅「どこがどう合ってんだよッ」 結唯奈「・・・っ」 塔子「い、いろいろとこっちの方が合ってんのッ」 結唯奈「塔子どうしたの?急に…」 塔子「・・・っ」 禅「何だよそれ…。お前ずっとこっちの高校に一緒に行くっつってたじゃん…」 結唯奈「そうだよッ!何で急に…」 塔子「うん…。でも、考えって変わるものじゃんッ!結唯奈と禅は前から言ってたとおり、そっちの高校に行きなよッ!私はこっちの高校に行くからさッ。高校行ってまで…私がいなくたってね…。別にいいでしょ?」 禅「ふざけんなッ!!お前の気持ちってそんな程度だったのかよッ!」 禅は今まで見たことないぐらいに怒り怒鳴った。 塔子「…っっ!」 結唯奈「ハァー・・、塔子が何考えてるか分からないわ…」 結唯奈は呆れていた。 塔子「・・・っっ」 -そして、高校受験の日… 塔子「え…何で…」 禅「何だっていいだろッ。気が変わったんだよッ」 結唯奈「塔子が突然気が変わったのと同じよッ。考えって変わるものって塔子が言ったんじゃん」 こうして、禅と結唯奈は何故か自分と同じ高校を受験した。 結果、見事に三人揃って合格し、一緒にこの学校に通う事になったのだ。 "あの時、禅は何であんなに怒ったんだろう…" "何で二人してこっち来ちゃったの?" "二人っきりになりたいはずでしょ?" その時の塔子の頭の中は多くの疑問で満杯だった。 塔子はとりあえず、頭の中にある"まいっか" という名の押し入れにその疑問を詰め込んだのだった…。 -- 塔子「いや…だってさ、二人とも最初は別の高校希望してたじゃん?私がここの学校受験した時…二人もここに受験しに来たから…あの時は驚いたって言うか…何でだろうな…って単純に思っただけ…」 禅「お前は逆に何でわざわざ俺らと違う高校を選んだんだよッ。最初は俺らと同じとこ行くっつってただろッ。そっちの方が驚きの疑問だったわッ」 結唯奈「ホントよッ。アンタのその質問、そのまんまそっくり返すわよ」 塔子「え…」 "だって…二人両想いなんでしょ…?二人きりになれるなら私なんて別にいなくても良くない?…っなんて言えない…" 塔子「いや…えっと…ほら、禅と結唯奈の組み合わせって絵になるじゃん!二人だけでも成り立つって言うか、私が抜けても問題なさそうって言うかさッ!その方がかえってスッキリするんじゃないかなって…ねッ」 塔子がたどたどしく言う。 禅「は?何それ」 結唯奈「全然わけ分からない理由だわ」 塔子「いや…私の方こそ…二人がよく分かんないんだけど…」 塔子が小さい声で言った。 禅「ん?何だって?」 結唯奈「え?」 塔子「ううん、何でもないッ」 禅「?」 結唯奈「…?」 禅と結唯奈は不思議そうな顔で塔子を見つめた。 -- 「塔子ッ!」 塔子が教室へ戻ると、同じクラスの友人、米沢(よねざわ) 美咲(みさき)が声を掛けてきた。 塔子達幼馴染は、三人とも見事にクラスが別れており、塔子にとってそれが逆に息抜きするのに好都合であった。 「美咲、どうしたの?」 塔子はキョトンとしながら美咲を見た。 美咲「ねぇねぇ、この前…塔子、出会いを求めてるって言ってたじゃん?私の彼氏がさ、友達紹介してくれるって!早速明日、合コンしよッ」 塔子「えぇっ!!明日ッ?!き…急…だね…」 美咲「ほら、知り合うなら早い方がいいでしょ?だって…幼馴染の三門くんと道重さんは両想いなんだって塔子言ってたじゃん?塔子だってそんな二人にいつまでも挟まれてんのは、しんどいでしょ?」 塔子「あぁ…まぁ…ねぇ…」 美咲「じゃあ、決まりねッ」 美咲は軽快に去って行った。 塔子「えっ!あ…ちょっと…」 塔子は何だか、いまいち乗り気ではなかった。 出会いは求めているが、まだ敢えて行動する程でもないと思っていた。 "何だろう…幼馴染の人間関係に気を遣い過ぎてこれ以上気を遣う要素を増やしたくないのかな…私…" 「ハァー・・疲れてるな、私…」 塔子はポツリと呟いた。 -- 「分かった。じゃあ明日で決まりなッ」 先程の美咲の彼氏である猪平(いのひら) 紘司(こうじ)が美咲と話していた。 美咲の彼である紘司は、塔子の幼馴染である禅と同じクラスで禅の友人である。 禅「明日どっか行くのかー?」 紘司「合コン」 禅「は?お前彼女いるだろッ」 紘司「違えーよッ。俺の彼女の友達に男紹介するんだよッ…って俺の彼女の友達、お前の幼馴染だけどなッ」 禅「え…。えぇっ?!ど、どっち?」 紘司「安心しろッ、道重じゃねぇからッ!…って、俺の彼女の友達が植月だって…お前知ってんじゃねぇかよッ!どっち?じゃねぇよ」 禅「・・・っっ、…塔…子…か…」 紘司「そうだよッ」 禅「・・・・俺も行く…」 紘司「え?」 禅「俺もその合コン行くッ」 紘司「は…?え…。えぇーっっ?!ちょ…何でお前が行きたがるんだよッ」 禅「・・・っっ」 禅は顔を赤くしながらムスッとしている。 紘司「・・・だってお前…道重と両想いなんだろ?」 禅「は?何それ。全然違えぇし」 紘司「え…?だって…植月がそう言ってたらしいぜ?俺の彼女に…」 禅「…っっ。アイツ…何を変な勘違いしてやがんだよッ…たくっ」 すると禅は、塔子が言っていた言葉を思い出した。 "ほら、禅と結唯奈の組み合わせって絵になるじゃん!二人だけでも成り立つって言うか、私が抜けても問題なさそうって言うかさッ!" 禅「ハァー・・・、そういう事かよ…」 紘司「ん?え…ちょっと待って…。つまり?まさか…禅、お前の好きな人って…植…」 禅「・・・っっ!!」 すると禅は顔を真っ赤にしながら、すかさず紘司の口を押さえた。 紘司「うぷッ…っっ、プハッ…何だよーッ!早く言えよーッ」 禅「お前…ぜってぇに誰にも言うんじゃねぇぞ!特にお前の彼女にはなッ」 紘司「ハイハイ。あー・・・、まぁ…そっかそっかー。だからかァー」 禅「何がだよ…」 紘司「いや、俺もね…お前が道重と両想いだっていう話、いまいちピンと来てなかったっていうか、信じてなかったっつーか…。やっぱおかしいと思ったんだよなーッ、俺。だってお前…いつも道重じゃなくて植月を目で追ってるもんなァ」 禅「ハッ…?!マジで…?」 禅はまたもやどっと顔が赤くなった。 紘司「えっ、無意識…?結構ガチで好きなんだね…」 禅「…っっ」 紘司「ちなみにさ…君、どれぐらい片想いしてんの?」 禅「今年で十年目…」 紘司「おぃおぃおぃ…マジかよッ!!早く告れよッ」 禅「無理…」 紘司「おまっ…イケメンでモテ男のくせに、どんだけ小心者なんだよ…」 禅「・・・」 紘司「つーかさァ、お前と道重が両想いだって植月が思い込んでるのって…まさかそれも十年目とかじゃねぇだろうな…?」 禅「え…。まさか…(苦笑)」 「・・・・」 紘司と禅がお互い顔を静かに見合わせた。 紘司「まず…植月のその誤解を解くことが先じゃね?」 禅「・・・っ」 -- 「塔子、ごめん…。明日の合コン、キャンセルになっちゃった。私も訳分かんないんだけど、何か…男子の諸事情?だかなんだかで…」 美咲は彼氏の紘司から来た連絡を受け、塔子に頭を下げた。 「あぁ、いいよいいよッ!全然」 塔子は笑顔で言う。 "私も乗り気じゃなかったしちょうど良かった…" 塔子は静かに胸をなでおろした。 --- 「あーっ、何か小腹が減ったーッ」 翌朝、塔子達は三人で登校していると結唯奈が突然叫んだ。 塔子「あ、私もーッ!朝あまり食べて来なかったからお腹すいちゃった」 禅「ん。やるよ」 結唯奈「お!エネルギーメイトじゃんッ!サンキュー」 禅「お前はこっち」 禅は塔子をチラッと見ると、ぶっきらぼうに塔子に渡す。 塔子「ちょっとぉッ!何で私だけアンタの食いかけなのよーッ!私も新品がいいのにー!しかも、半分以上ないじゃんッ」 禅「お前はこれで十分だろ」 塔子「もうさ、何なのこの対応の違い!あからさま過ぎッ!毎回毎回腹立つーッ」 禅「毎回腹立ててんじゃねぇよ」 塔子「いや…そりゃ慣れてるけどさッ!腹立ててる事に慣れ過ぎてウンザリするわッ」 結唯奈「アンタ達、何年同じようなケンカしてんのよ。いい加減見飽きたわ」 塔子「いやいや、いい加減もうすぐ16歳なのにだよ?コイツがいつまでも私を女扱いしないから腹立つのよッ!」 禅「お前がすぐキレるからだろうがッ!女扱いもへったくりもねぇだろ」 塔子「怒らせてんのはアンタでしょ!?あーッ!もう!こうなったら私を女扱いしてくれる男子見つけてやるッ!」 禅「・・そんな奴いるかよ」 塔子「ハッ!逆にアンタみたいな男だらけの世界もないわよッ!一人ぐらいはこんな私でも女の子扱いしてくれる男子だっているでしょうよッ!!ハァー…何でこんな男がモテんだろうね?」 "そして、何でこんな奴を結唯奈もまた好きなんだろうッ" 塔子は心で嘆いた。 禅「チッ…。人のモテ具合を僻むな」 塔子「・・・むっ!」 結唯奈「・・・」 -- 「…ったく、禅の奴…マジでアイツにギャフンと言わせてやるんだからッ」 塔子は頭から湯気を立てながら階段を登っていた。 ズル…っ 塔子は足が滑り階段を踏み外すと階段から落ちそうになった。 "ヤバイっっ!" 塔子は咄嗟に目を瞑り身構えると、誰かに受け止められる感触があった。 塔子はゆっくりと目を開けると、こちらもまたイケメンの部類に属する男子生徒が支えてくれていた。 "…っっ!!" 塔子は慌てて体勢を立て直した。 「ご…ごめんなさいっっ。あ…ありがとうございます…」 塔子は顔を赤くさせながら言った。 「いいよ。無事で良かった。女の子なのに顔とか足怪我したら大変だからね」 その男子生徒はニッコリ微笑みながら去って行った。 "女の子…" 塔子は胸がキュンとなり心臓が激しく鳴っていた。 階段を踏み外し落ちそうになった恐怖のドキドキとは明らかに違うような、ときめいてる感覚のドキドキであった。 塔子は呆然とその男子生徒の後ろ姿を見つめた。 -- 「塔子!どうしたの?ぼーっとしちゃって」 休み時間、塔子は廊下から窓の外を呆然と眺めていると、美咲が心配そうに声をかけた。 「なんかさ…私って、普段女扱いされてないからか…たまに優しい男の人に出会うと、ときめいちゃうみたいなんだよね…」 塔子が頬杖をつきながら言う。 「あぁ…普段の三門くんの接し方でかァ。…って塔子、誰かに優しくされたのーッ!?」 美咲が詰め寄る。 「いやこの前ね…階段を踏み外して落ちそうになったところを受け止めてくれた男の人に、"女の子なのに怪我したら大変"って言われたんだけどね…」 塔子は顔を赤くし照れながら言う。 「へぇー!恩人じゃんッ!無事で良かったね!どんな人だったの?」 美咲は目を丸くしている。 「どんな人って言うと…あッ!」 塔子が何気なく窓の外を見ると、塔子を受け止めてくれた男子生徒が外で談笑していた。 「あの人…」 塔子は目が釘付けになりながら呟く。 「え!まさか、あそこにいる真ん中の人?」 美咲は驚きながら塔子を見る。 塔子はこくりと頷く。 「あの人って…二年生のイケメンで有名な(つじ) 利騎(としき)先輩だよーッ!すっごくモテる人みたい!」 美咲が興奮しながら言う。 「そう…なんだ…。そりゃモテるよね。素敵な笑顔で優しかったもん。初めて私を女の子として見てくれる人がいたんだよ…」 塔子は雲の上の人を見るような眼差しで見つめた。 「でも、辻先輩って誰に対しても優しいらしいよー。あのイケメンぶりで優しかったら、そりゃまあ、モテるわよね…」 美咲も利騎を眺めながら言う。 すると、塔子には素朴な疑問が浮かび上がった。 塔子「ねぇ、好きな人には優しくする男子って多いじゃん?辻先輩の場合だと…誰にでも優しかったら周りは区別が付かないよね、辻先輩が誰を好きなのかどうか」 美咲「たしかに…まぁ、そうね」 塔子「そうなると、辻先輩の彼女になる人はどう思うのかな?特別感がなくて不安にならないのかな?」 美咲「そうね…。優しいことは良いことだけど…他の女の子にまで優しすぎるのはちょっとね」 塔子「男子で優しいのは…皆に優しい人か、好きな人限定で優しい人か、どっちかしかいないって事…?だったら私…前途多難なんだけど…。皆に優しいのは、私はモヤっとしちゃうだろうし、好きな人限定の優しさだと…まず私を好きになってもらわないといけないし…。私が心から嬉しいって思うような優しさに出会うまでの道のり…長すぎる…」 美咲「うっ…塔子…」 塔子「こんな私でも好きになってくれる人はいるのだろうか…。私限定に優しく接してくれる人なんているのかな…」 美咲「塔子…迷想してますな」 塔子「えぇ…」 塔子は呆然と利騎を見つめた。 --- ある日、塔子の幼馴染である結唯奈は校舎に迷い込んで来た野良猫を見かけ、野良猫の後を追いかけていた。 結唯奈「待って…猫ちゃん…逃げないで」 すると野良猫はフェンスの向こう側へ行ってしまった。 "ここは、このフェンスを乗り越えるしか…" 結唯奈はそう思うと、腕まくりをし制服のままフェンスをよじ登り始めた。 「オィッ!コラァッ!」 ビクッ… 突然、後ろから誰かに怒鳴られ結唯奈は慌てて登るのを辞め振り返った。 すると、先輩だろうか…同学年ではあまり見かけない男子生徒が立っていた。 「そんな格好で何してんだよッ!怪我したらどうすんだッ!もっと自分の身体大事にしろよッ!」 男子生徒は結唯奈に酷く怒っていた。 結唯奈ははじめて男性から怒鳴られ驚き固まった。 「・・もうそんな無茶するなよ」 男子生徒はそう言うと、その場を立ち去って行った。 "あの人って…確か…" 結唯奈は呆然としながら男子生徒の後ろ姿を見つめた。 -- 放課後、塔子はいつものように家の近い幼馴染の禅と結唯奈と帰宅しようとしていた。 結唯奈「今回のテストどうだった?」 塔子「私はあまり良くなかった…」 禅「まぁ…お前はそんなもんだよなッ!」 塔子「そういうアンタはどうだったのよッ!」 禅「じゃーんッ」 "96点…!!" 塔子「・・・っっ」 禅「まぁ、お前にも俺の知恵を授けてやってもかまわんよ?」 塔子「うるさいッ!余計なお世話ですッ」 結唯奈「アンタ達…本当にいつも戯れ合ってて見ていて暑苦しいわ」 禅「戯れ合ってねぇッ」 塔子「戯れ合ってないッ」 「おい見ろよ、三門の奴…また幼馴染の女二人をはべらかしてるぜ?」 「モテる奴はハーレムが当たり前だと思ってんだなー」 どこからともなく禅の悪口を言っている男子生徒の声が聞こえてきた。 禅「…っ」 結唯奈「・・・」 するとすかさず塔子が悪口を言っていた男子生徒達に向かって行った。 禅「あっ…塔子…!」 結唯奈「・・・」 塔子「アンタ達、禅がモテるからって妬んでんじゃないわよッ。男と女が一緒に歩いてるってだけでそんな下品な発想しか生まれないなんて…さすが、モテない男達ね」 男子「…っっ。何だよテメェ…」 塔子「いい?禅みたいなモテ男になりたいならまず、そうやって他人の悪口言うのを辞めなさい。それだけでも、アンタ達の魅力は何倍も上がるんだから…それぐらい簡単でしょ?」 男子「・・・っっ」 塔子は堂々した口調で言うと颯爽と禅達の元へ戻ってきた。 塔子が戻ってくると禅の顔が真っ赤になっていた。 塔子「禅…どうした?熱中症?」 塔子は禅の額に手を当てた。 禅「…っっ、ちげぇよッ!もぉーッ!何なんだよ、お前ーッ」 結唯奈「塔子、今日もナイスだったわッ。アンタの名言集、本に纏めたいぐらいよ」 塔子「いやいや、名言も何も…だって当たり前の事じゃん」 禅「・・・っっ」 帰り道しばらく歩いていると、結唯奈は禅と塔子と別れ、塔子は禅と二人きりになった。 「・・さっきのやつ…何でいつもお前は自分の事言われてるわけじゃねぇのに、俺の事で怒りに行くわけ?」 禅は少々俯きながら呟いた。 「だって腹立つじゃんッ!たいしてよく知りもしない連中が好き勝手な事言ってんの。アンタも黙ってないでたまには何とか言ってやりなよッ」 塔子は凛々しい眼差しで言う。 「俺は別に何言われても構わねぇよ。分かっててくれてる奴が一人でもいれば…」 禅が顔を若干赤くする。 「それじゃ私が納得行かないわ。禅が貶されてるのは私も貶されてるようなもんだもんッ!禅といつも一緒にいる私とか結唯奈だって同じように言われてるようなものなのッ!誰だって身内を貶されたら怒るでしょッ」 塔子がムスッとしながら言う。 禅は驚いたように塔子を見つめた。 「・・・何だよそれ…」 そう言うと禅は照れながら静かに笑顔を溢した。 禅「あの…さァ…塔子…」 塔子「ん?」 禅「お前…俺と結唯奈の事…」 ドキッ… 塔子の胸がザワついた。 禅の言葉に被せるようにすかさず塔子が口を開いた。 「わ…分かってるから大丈夫だよッ!!二人がお互いをどう思ってるかは気づいてるからッ」 禅「いやっ…そうじゃな…」 塔子「全然、私の事なんて全く気にしなくて良いからッ!空気みたいに思ってくれればいいからさッ。何てったって私、小学校の時から気づいてたもんねッ!私を見縊らないでよね、今さらッ」 禅「…っっ!」 塔子「じゃあ私こっちだから…じゃねッ!」 塔子は明るく手を振ると足早に自宅の方へ走って行った。 禅「・・小学校の時からって…マジかよ…」 禅は、紘司の推察通りの長きにわたる塔子の誤解に項垂れた。 -- 翌日、塔子は裏庭付近にあるゴミ捨て場にゴミを出しに来ていた。 「悪い…。気持ちには応えられない…ごめん…」 すると、裏庭の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。 そろりと声の方を覗いて見ると、禅が誰かの告白を断っているようだった。 "アイツ…また振ってるんだ…禅は結唯奈の事が好きだから…" 呆然と覗いていると、足が近くに置いてあった掃除用具に当たった。 ガシャガシャーン … "げっ…まずい…" 塔子が気まづそうに禅達をそろりと見た。 禅「塔子…」 すると、告白して振られていた女子生徒が塔子を見るなり禅といつも一緒にいる幼馴染だという事に気づき、ズンズン塔子に近づいてきた。 塔子「…っっ」 禅「・・っ!」 女子生徒「あなた、三門くんといつも一緒にいる幼馴染の植月さんですよねぇ?こんな所まで見張りに来るなんて、植月さん…三門くんの何なの?そんなに三門くんを独り占めしたいわけ?」 禅「おまっ…」 すると塔子は驚きながらも自身を落ち着かせ口を開いた。 「ごめん…。見張ってたわけじゃなくて、たまたま…ここ通りかかっただけだから。私は幼馴染ってだけで、独り占めしようなんてそんな事思ってないよ。それに…禅が心に決めた誰かと結ばれるんだったら私は全然大歓迎だし。もしそうなったら…さすがに私だって禅との距離感、ちゃんと改めるしね。だいたい私…禅の幸せを邪魔するなんて、そんな野暮な事は絶対しないよ。だって…大切な幼馴染だからね」 塔子はそう言うと、チラッと禅を見た。 禅「塔…子…」 女子生徒「…っっ」 塔子「邪魔して本当ごめんね。えっと…じゃあ…続けてッ」 塔子はテヘッと笑いながら足速に去って行った。 禅「・・・っ」 禅は去って行く塔子の後ろ姿をじっと見つめていた。 "禅は結唯奈の事が好きなんだもん。そりゃ禅と結唯奈には幸せになってもらいたいよ" 塔子はそんな事を考えていた。 「あ、結唯奈…」 禅の告白現場からの帰り道、塔子は結唯奈にバッタリ会った。 結唯奈「塔子、何してるの?」 塔子「あぁ…ちょっとね。えっと…偶然、禅が告白される現場に遭遇しちゃってさ…。私、タイミング悪く見つかっちゃって…。あッ、禅はその告白、断ってたけどねッ!」 結唯奈「あら、奇遇ね。私も告白からの帰り道」 塔子「えぇっ!?ちょっと…アンタ達は二人してどんだけモテんのよッ!毎日毎日…」 結唯奈「自分が好きじゃない人から告白されたって何の嬉しさもないわよ」 塔子「まぁ…そっか。確かにね…。って言うか…結唯奈の好きな人って…」 すると結唯奈はどっと顔が赤くなった。 塔子「え…結唯奈?」 結唯奈「幼馴染同士でこういう話は照れるから…また今度、落ち着いたら話す…」 塔子「ええっ!!いや…あ、う…うん…」 "結唯奈の好きな人…禅だって私気づいてるんだけど…。幼馴染同士だからこそ、やっぱり私に言えないのか…?" 塔子は呆然と結唯奈を見つめた。 -- "禅も結唯奈も、それなりに告白とかされて恋愛をしようと思えばすぐにでも出来そうだし…そもそももう両想い同士なんだもんね。そりゃもうすぐだよな…恋人同士になるのなんて。禅が心に決めた誰かと結ばれるなら大歓迎って言ったものの…やっぱり、禅と結唯奈が結ばれるのは複雑だな…。実際は喜べないんだろうなァー、私。きっとこういう現実を目の当たりにしたくなくて、私は二人と別々の高校に行きたいって思ったんだろうな…" 休み時間、塔子はまたもや廊下の迷想窓(美咲命名)からぼーっと物思いに耽ていた。 「また迷想中?」 美咲が塔子に声をかけた。 「あぁ、美咲」 塔子が美咲を見た。 「何また考えてんの?例の…辻先輩の事?」 美咲が塔子の顔を覗く。 塔子「いや…禅も結唯奈も毎日告白されてるし…私の幼馴染達は進んでるなーっていうか…。恋愛を始めるのなんて二人とも時間の問題じゃん?そうなった時に、私は素直に喜べるのかなー…って」 美咲「塔子…」 塔子「私なんてさァ、ちょっと男子から優しくされただけでキュンキュンしちゃうようなチョロい女になっちゃってんだよ?こんなんじゃダメだよねぇ…」 美咲「じゃあ…辻先輩はどうなの?あっ…噂をすればまたいるじゃん、あそこに」 塔子達が廊下の窓から外を眺めていると、女子に囲まれている利騎の姿があった。 塔子「辻先輩は…何か雲の上の存在だよー…。でも辻先輩って、あぁやってたくさんの女の子に囲まれて皆に同じように笑顔だけど…本当に好きになる人にはどんなふうに接するんだろうね…。っていうか、そもそも辻先輩ってあんなにイケメンなモテ男で…そんな人は一体どんな人を好きになるんだろう…」 美咲「それって辻先輩の事、気になってるってこと?」 塔子「いや…ただの単純で素朴な疑問…。絶対に好きな人にしか見せない顔ってあるような気がするし。美咲の彼氏見てるとそう思うッ。猪平くん、美咲にだけデレデレしてるもんねぇ」 美咲「ちょっとっっ。何か恥ずかしいから辞めてよ…そう言う事言うの…」 塔子「えへへ…」 美咲「でもまぁ、確かに…辻先輩も心を許した人にしか見せない顔ってきっとあるんだろうね…。どんな人なんだろうね?周りも知らない辻先輩の顔を知れる人は…」 「美咲ーッ!何してんだ?こんな所で」 するとそこへ、美咲の彼氏である紘司が声をかけてきた。 美咲「紘司!あぁ今ねぇ、塔子の人生相談」 紘司「え!植月どうかしたん?」 美咲「普段女扱いされてないせいで、この前先輩に優しくされてキュンキュンしたんだって」 塔子「美咲っっ」 紘司「普段女扱いされてない?あぁ禅の奴か…。アイツ不器用だからな…」 塔子「え、不器用?」 紘司「あっ…いや…ってかアイツ…さっきも同じ学年の誰かから呼ばれて告白されてたみたいだけど…今日だけでもう3回目だぜ?まぁ断ったみてぇだけどさァ、忙しすぎだろッ」 塔子「え…。3回!!私…1回は今日現場見ちゃったんだけど…あれだけじゃなかったんだ…」 美咲「三門くん、本当にモテるねー。そう言えばさっき…紘司のクラス覗いたらさ、クラスの男子達から三門くん…こう言われてて・・」 "三門、お前…毎回女子からの告白断ってっけど…実はお前、いつも一緒にいる幼馴染のどっちかの事が好きなんじゃねぇのかぁ?" 美咲「そしたら三門くん、顔真っ赤にして狼狽えてたんだけど…あれってさ、やっぱり…」 紘司「美咲ッ!それ以上は…」 美咲「・・・っっ」 塔子「あぁ、それなら結唯奈だよ。禅は私の事なんて全然女として見てないからね。今年の夏祭りだってさ、結唯奈と私が浴衣着てったらアイツ…結唯奈の方だけ向いて可愛いって言ったんだよッ!私も着てんのにッ!腹立つでしょ?こんなに分かりやすい人間いないでしょーッ(笑)」 紘司「・・・っっ」 美咲「・・・でも…三門くんと道重さんが両想いだっていうのは…塔子がただそう思ってるだけでまだ確かな事じゃないんだよね…?」 塔子「…まぁ…そうだけど…。でも見てれば大体分かるよーッ」 紘司「そ、そぉか…?禅って素直じゃねぇとこあるからさ、俺の直感は植月の方だと思ってたけど…」 塔子「えぇ?どこらへんが??何でそう思うわけ?」 紘司「え、いや…だって禅の視線の先を辿ってくといつも植月がいるからさ…」 塔子「・・・たぶんそれ、イタズラを仕掛けるタイミングを狙ってんだね。私に対するいじわるセンサーが常にONになってるから、禅は」 紘司「え…。そ、そうなの?」 塔子「そうだよー!猪平君は普段のウチら三人を見てないから分からないんだよーッ!私と結唯奈に対する態度、全く違うからッ」 紘司「…っっ、でもさー俺思うんだけど、逆に禅がちょっかい出す女子って植月だけじゃね?他の女子は道重に取ってる態度と一緒っていうか…」 塔子「ハァー・・・それ…余計に悲しいわ…」 紘司「え?」 塔子「だって、そんなにたくさんいる女子の中で私だけ女に見えてないって事でしょ?そりゃもう…痛恨の極み…」 塔子は眉間に皺を寄せながら遠くを見た。 紘司「・・・っっ」 美咲「・・・っ」 「お前達、何やってんだ?」 塔子達が廊下で会話をしていると、禅が近寄って来た。 紘司「お…噂をすれば」 禅「何だよ、噂ってッ」 塔子「アンタ、また女の子振ったんだってぇ?いい加減、泣かせるのは私だけにしときなさいよー」 禅「え…お前を泣かせた覚えはねぇけど?」 塔子「私はね、普段のアンタの雑な扱いに毎回心で泣いてるのッ。おかげでちょっと優しくされたらすぐにキュンキュンしちゃうようなチョロい女になっちゃったじゃないッ!どうしてくれんのよッ…たく。いい加減、アンタも素直になって早く身を固めなさいよッ!私の事は気にしなくても空気読んでドロンするからさッ」 塔子はそう言って禅の肩を叩くと颯爽とその場を去って行った。 禅「・・・何だよッ、身を固めろって…」 禅は顔を赤くさせながら、怪訝そうな顔で塔子の後ろ姿を見つめた。 紘司「・・・っ」 禅「ってかアイツ、誰かにキュンとしたの?」 禅は紘司と美咲を見た。 美咲「えっと…うん、そうみたい…。なんかこの前ね、塔子が階段で足踏み外した時に…男の人に受け止めらて、"女の子なのに怪我したら大変だよ"って言われたんだって。女の子として見てくれる人がいたって喜んでた…」 禅「…っっ」 美咲「あ、そうそう。ちょうどあそこにいる真ん中の先輩みたいだよ」 美咲は窓の外を指差した。 「・・・っ」 禅が美咲の指差した先を見ると、イケメンで有名な利騎の姿があった。 紘司「あ!俺あの人知ってるー!禅に負けず劣らずのモテ男で有名な先輩だよなァ。確か女の子に優しい事でも有名だとか…」 禅「優しい…」 紘司「なぁ、禅。…お前、好きな人に対する接し方、マジで変え直した方がいいぞ?今のままだとお前の想いとは逆方向に作用し続けるぞ」 禅「・・・っっ!」 紘司「しかも…お前がかけちまったその人の心の鍵…長い間かけすぎてたせいで、すっげぇ錆び付いてるから相当素直に分かりやすく言わないと、なかなかあの鍵は外せねぇぞ…。まぁ、誰とは言わないけど…」 美咲「ハイッ!」 紘司「はい、美咲…何だね?」 美咲「ねぇ…私思ったんだけど、三門くんの好きな人って…やっぱ塔子の方だよね?」 禅「・・っっ!!何で…。って、お前まさか…」 禅は顔を真っ赤にし狼狽えた。 紘司「言ってねぇよ」 美咲「あっ、私が自力で気付きました…。前から何となく…もしかして、塔子の言ってる事違うんじゃないかなー…って…」 禅「え…」 紘司「だよなッ!やっぱそーだよなァッ!俺も前からそう思ってたんだよッ!何かおかしいなーって!禅を見てりゃだいたい分かるよなッ!っつーか、分かりやすいよなァ!」 美咲「そうそうッ!だってよく塔子の事見てるもんね、三門くんッ」 禅「うっ…え…ちょっ…マジかよー・・。じゃあ…逆にアイツは何で気づかねぇんだよ…」 紘司「お前がかけた鍵のせいだよ」 禅「だから何だよ鍵って…」 紘司「優しくしない鍵」 禅「・・・っっ」 美咲「そういえば…。さっき塔子…、こうも言ってたわ。辻先輩ってどんな人好きになるのかな…って」 禅「え…。えぇーっ?!」 美咲と紘司は哀れな眼差しで禅を見つめた。 ----- 「ごめんなさい…」 ある日、塔子が裏庭近くを通ると幼馴染の結唯奈の声が聞こえた。 塔子がそっと裏庭を覗くと、結唯奈が男子生徒の告白を断ってるようであった。 "うわッ!今度は結唯奈かよーッ" 塔子は陰からその様子を見つめた。 「私…好きな人いるから…」 結唯奈が俯きながら言っていた。 "結唯奈の好きな人…" 塔子は直感的に思った。 "これって、やっぱ結唯奈と禅は…両想いだよね…" 塔子は胸がドキドキしていた。 "私ってやっぱ…おじゃま虫…" 塔子は考えた。 常日頃、禅が自分に対して優しくないのはやはり自分がおじゃま虫であるからなのでは…と。 "私…空気読んでドロンするとか言って…やっぱりずっと空気読めてなかったんじゃん…" 禅の態度は自分に対して空気読めよって事だったのではと、自分に対する禅の今までの態度を回想した。 塔子は禅と結唯奈に対してとてつもなく申し訳ない気持ちに襲われた。 「ハァー・・・。情けないなァ、何年幼馴染やってんだよ、私。やっぱりあの時、二人から離れた方が良かったんじゃん…」 塔子がポツリと呟いた。 「どうかしたの?」 すると、塔子の背後から声がした。 塔子は驚き慌てて振り返ると、そこには利騎の姿があった。 「あ…」 塔子は驚き顔を赤くした。 「あぁ、この前階段から落ちそうになった子か」 利騎はニッコリ笑う。 「あ…ありがとうございました…その節は…」 塔子が恐縮しながら言う。 「いやいや…無事で良かった」 利騎は笑顔で応えた。 塔子と利騎は近くのベンチに腰掛けた。 「何か悩み?さっき深いため息ついてたけど」 利騎は塔子の顔を覗く。 「いや…悩みではないんですけど…自分の不甲斐なさに落ち込んだと言いますか…」 塔子が苦笑いしながら言う。 「え…不甲斐ない?どうして?」 利騎はキョトンとした。 「私…幼い時からずっと仲良い幼馴染が二人いるんですけど。その二人はお互い想い合ってるんです。なのに私…自分の事ばっかで、そんな二人に対して気を遣うことが出来て来なかったんだなって…改めて思って。空気読めてなかったんですよ、私。あの時…まいっかって思っちゃったのがいけなかったな…」 塔子は天を仰ぎながら言う。 利騎「君がいつもいる幼馴染って…一年生で結構モテてるって噂の女の子と男の子だよね?」 塔子「え…知ってるんですか?」 利騎「登下校で君達が一緒に歩いてるのよく見かけるからさ。仲良いんだなって思って…」 塔子「あ…そうでしたか…。まぁ…あの二人、モテるだけあって目立ちますからねぇ…」 利騎「君もあの二人に見劣りしないぐらい魅力的に見えるけど」 塔子「え…」 利騎「そんなに気にすることないと思うけどね」 塔子「…っっ、そんなふうに褒められたことなかったんで…嬉しいです…。あ、ありがとうございます…」 塔子は照れながら俯いた。 利騎「…そっかァ…あの二人、両想いなんだ…」 塔子「え、どうかしましたか?」 利騎「ううん…、何でもない。でも…男女の幼馴染ってやっぱそういう事になるんだね。俺には幼馴染なんていないからよく分からないけど…。きっとそう言うのって、異性が入った瞬間に純粋な友情だけってわけには行かないのかもしれないね…。男女の幼馴染って難しい関係だな…って、俺の勝手なイメージ」 利騎が苦笑いしている。 「私は自信あったんですけどね。例え幼馴染に異性が一人いても、三人で仲良くやって行く自信が。自分さえブレなければって…そう思ってたんですけど…。私はいつもずっと二人の優しさに甘えっぱなしでした…。私ももっと早く、禅の態度を察すれば良かったなァ…」 塔子は遠くを見つめながら嘆く。 利騎「禅って、幼馴染の?」 塔子「あ…すみません。そうですそうです。あ…ちなみに、もう一人の幼馴染が結唯奈って言って、あっ私は塔子って言います…」 利騎「知ってるよ」 塔子「え…あ、そうですか……??…」 利騎「よろしくね、塔子ちゃん」 塔子「え…は、はい。よろしくお願いします…辻先輩…」 利騎「あれ?俺の名前知ってんだ!」 塔子「いやいや、辻先輩はだいぶ有名人ですから」 利騎「え、そう?」 塔子「やっぱモテてる人って…自覚ないんですね…」 利騎「ハハッ!そうかな」 塔子「私の幼馴染二人も先輩みたいにモテる人なんで、全然驚きませんけどね…。だからたまに卑屈になっちゃう時もありますけど…」 塔子は口を尖らせる。 利騎「人間そんなもんだよ。さっき塔子ちゃん、空気読めてなかったって自分を攻めてたけどさ。そもそも空気なんて目に見えないもの分かるわけないよ。そんなのはやっぱり直接言葉にして言われないと分からないでしょ。空気は読むものじゃなくて吸うものだから。読んで察するなんて無理あるよ、エスパーじゃないんだし」 利騎が優しい表情で塔子を諭した。 そんな利騎を見た塔子は思わず呟いた。 「やばい…またキュンとするところでした…っていうか、しました…」 塔子は利騎を呆然と見つめた。 利騎「フハハッ!そんな事、実際に面と向かってハッキリ言われたのは初めてだわ…。キュンとしたかァッ」 塔子「えっと…あ、はい…。あの、私って普段から幼馴染の禅からは女扱いされてないんで…たまにそうやって優しい言葉をかけられるとすぐにキュンッとしてしまうようになっちゃって…このようにチョロい女が出来上がってしまったんです…」 利騎「ハハハッ!チョロい女って…(笑)良いんじゃないの?そんな感じでも。塔子ちゃんがチョロかろうがチョロくなかろうが可愛いんだからさッ」 塔子「かわ…っっ!そう言う言葉、言われ慣れてないので…そんなすぐ使わないでくださいよ!」 利騎「そう?本当の事なのに」 塔子「・・・っ。そうやって誰に対してもそう言う言葉を軽々しく使うのは良くないですよッ!私みたいなチョロい女はすぐにコロッと行っちゃうんですからねッ」 利騎「可愛いなんて言葉は誰にでも軽々しくは言わないよ。本当にそう思った人にしか」 ドキッ… 塔子は一瞬息が止まった。 と同時にある事への確信も深めた。 禅が結唯奈の浴衣姿を見ながら言った可愛いって言葉。 "本当にそう思った人にしか言わない" 禅の気持ちを確信した。 「・・・っっ」 塔子は顔を赤くさせた。 「君ってやっぱ可愛いね」 利騎はそう言うと塔子の頭をポンポンした。 「・・・っ!?」 塔子は初めて男性に頭を撫でられ驚き狼狽え た。 「辻先輩…。そうやって揶揄うの辞めてもらえますか?可愛いって言葉プラス頭ポンポンは間違いなく2枚目のイエローカードなんで…」 塔子は顔を赤くしながら仰け反る。 利騎はそんな塔子を見ながら笑った。 塔子「でも…そっかぁ…。空気は読むものじゃなくて吸うもの…かぁ。確かに…。それ、使わせていただきますッ!」 突然塔子は、改めて利騎の言葉を思い出し感心しながら目を輝かせた。 利騎「ハハハッ!急に何を言うかと思えばッ。塔子ちゃんって面白いね…(笑)」 塔子と利騎は仲睦まじく笑い合った。 「・・・・っ」 ちょうど廊下を通りかかった禅は、外でベンチに腰をかけて仲睦まじく話す塔子と利騎の姿を見つめていた。 利騎が塔子の頭を撫で、塔子が顔を赤くしている様子を見ていた禅は胸をざわつかせていた。 すると、二年の女子生徒三人が同じく窓の外にいる塔子達を見ながら話していた。 「ねぇ…あの子って一年の子だよね?」 「確か、一年で一番人気のある男の子ともよく一緒にいる子じゃない?」 「どんだけイケメン好きなわけー?」 するとすかさず近くにいた禅が口を開いた。 「アイツは下心全開で男に近寄って行くような人間じゃねぇよッ!男を色眼鏡でしか見てねぇ奴とは違う」 禅は、噂をしていた女子生徒達にピシャリと言うとその場を去って行った。 禅は若干苛立った表情で歩いて行った。 女子生徒達は呆然としながら禅を見送った。 「・・・・」 そしてもう一人、幼馴染である結唯奈も塔子と利騎の姿を陰から見つめていた…。 --- 翌日塔子は、廊下を通りかかった時ちょうど窓の外に目を向けると、禅と結唯奈がベンチに座ってるのを発見した。 二人は仲良さそうに話をしている。 塔子は、小学校の頃から禅と結唯奈が二人だけで話をしているのを度々見かけていた。 その為、周りの生徒達からも禅と結唯奈の関係を怪しむ者が後を絶たなかった。 塔子も、禅と結唯奈の度々見るそんな光景と周りの噂話が相まって、禅と結唯奈の二人は両想いなのだという想像を膨らませて行った。 "あんな風に二人だけで話してる禅と結唯奈のツーショットは、高校来てからも相変わらず…度々見かけるんだよな…。なのに、付き合うの"つ"の字も二人からは一向に出てこない。やっぱり私に気を遣ってるからなんだろうか…" 塔子はそんな事を考えながら外にいる禅と結唯奈を見つめていた。 すると、禅と結唯奈が塔子に気がついたようだった。 若干驚いた様子を見せる禅と結唯奈に対し塔子は、ニヤニヤした表情で "いいよいいよ、ごゆっくり" と心で思いながら、グッのポーズをして見せた。 そして塔子は、禅と結唯奈に手を振りながらその場を後にした…。
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