24人が本棚に入れています
本棚に追加
無色透明の優しさ
「結唯奈…、俺…初めて会った時から今までずっと…」
庭に点在しているベンチに座りながら、禅は幼馴染の結唯奈に声をかけていた。
結唯奈はいつもと違う徒ならぬ様子の禅を真剣に見つめる。
「・・・間違えてたかもしれない…壮大に…」
禅は俯きながら呟いた。
結唯奈「ハァー・・。やっと気づいたァ?今時好きな子にいじわるするなんて、少女漫画でしか見ないわよ」
禅「もっと早く言ってよーッ!」
結唯奈「言ってたでしょー?!好きな子いじめるのは漫画の世界だけよって!!」
禅「もっと真剣にッ!!真剣に言ってよーッ!漫画とか言うからーッ!いつものそうゆう言い方だと、ああ言えばこう言う決まり文句みたいに聞こえんじゃんッ!めっちゃ聞き流してたわ…」
結唯奈「私はいつだって真剣に言ってたつもりだけど。でも…私に助言されたって塔子の前では素直になれないのはアンタの癖みたいなもんなんだから、どうせ無理だったでしょッ」
禅「・・・っっ。だいたい…俺はアイツをいじめてるわけじゃないし…。俺の愛情がアイツにいまいち伝わらないっつーか…」
結唯奈「アンタの愛情は分かりづらいのよッ。ましてや相手が塔子だよ?尚更伝わらないわよッ」
禅「・・・っ」
結唯奈「まぁ、今から挽回出来ないことはないと思うけど?」
禅「え…どうやって…」
結唯奈「普段優しくない人が突然優しさを見せると逆にキュンとするんじゃない?」
禅「いやいや…アイツの事だからきっと気持ち悪いとか言うぜ?」
結唯奈「禅…そんな風に怖気付いてる暇なんてあるの?早くしないと辻先輩に持ってかれちゃうわよッ!?それじゃ、私も困るのよッ」
禅「え…なんでお前が困るの?」
結唯奈「・・・っ」
結唯奈は顔を赤くさせた。
禅「…え…。お前…まさか、辻先輩を…?」
結唯奈「…っっ。そうよ…。私だって禅に優遇されすぎて優しさ慣れしちゃってるのッ!だからちょっとやそっとの優しさなんてキュンともスンとも言わないのよッ!」
禅「え、だってあの先輩って優しいで有名なんだろ?何で…」
結唯奈「そうなのよ。優しいで有名なのに…私…叱られたのよ…」
禅「え…」
結唯奈「私さ…前に野良猫追いかけて学校のフェンスをよじ登ってたらね…後ろから声をかけて来て…」
禅「お前…そう言うとこあるよな…」
結唯奈「そしたらあの人…"そんな格好で何してんだよッ!!怪我したらどうすんだッ!もっと自分の身体大事にしろよッ!"…って怒鳴ったのよ…」
禅「・・・っ」
結唯奈「あんな風に本気で叱ってくれる人初めてだったから…キュンとした…」
禅「何だよッ、お前もアイツにキュンとさせられてたのかよッ」
結唯奈「ねぇ、禅が塔子の事好きになったきっかけは?」
禅「それは…、・・・小学生になるちょっと前に…俺らが初めて会った時…」
結唯奈「あの冬の公園ね」
禅「アイツ…すっげぇ笑顔で俺の手をいきなり掴んでお前の所引っ張ってったんだよ」
結唯奈「フッ…(笑)そうそう…突然来てビックリしたの覚えてる。でも…嬉しかった…」
禅「俺あんまり人前で感情表すことなかったからさ、アイツが派手に笑ったり怒ったりしてるのが新鮮だった…。アイツの笑顔も怒った顔も…好き…」
禅が顔を赤くしながら俯く。
結唯奈「分かるわ…。私も同じよ。感情を人に見せるの恥ずかしくてなかなか笑顔になれなかったけど、塔子といたら自然と笑えるようになってたな…。あの時さぁ、塔子が一人ではしゃいで豪快にすっ転んだの覚えてる?」
禅「あぁ…(笑)。覚えてる覚えてる。初めて三人で爆笑したやつな。忘れられねぇわ…」
結唯奈「そう。私それまで人前で笑う事が出来なかったんだけど…あの時の塔子が面白すぎて必死に笑うの堪えてたの。そしたら、塔子が言ってくれたんだよね…」
"結唯奈ーッ!我慢しないで面白かったら笑って良いんだよーッ!私、今面白かったよねーッ!私も雪だるまになるとこだったあーッ!フハハハハハーッ!!"
結唯奈「私、塔子のあの言葉に救われたなァ。堪えてた笑いが一気に崩壊したもん」
禅「それまで俺ら緊張してて硬かったもんなァ。あの時塔子が俺らを解かしたよな…」
結唯奈「私もあれが初恋だったな…」
禅「はぁあッ!?」
結唯奈「いやいや…恋愛の恋じゃなくて、友情の恋。塔子に強く惹かれた…友人として」
禅「あぁ…ビックリした…。そっちね」
結唯奈「塔子の感情が豊かな所、見てて飽きないよねぇ」
禅「うん…。あとさ…アイツ、普段は俺に対して突っかかって来るくせに…俺が他の奴らに悪口とか言われてると、その度にそういう奴らと戦うんだよ…俺の事で怒ってんの…。小学生の時からずっとだよ。そういうのとかやられると、一気に好きになってくじゃん、俺だって…」
結唯奈「うん…。塔子、勇敢なんだよね。あぁいうとこ、優しさを感じると言うか…愛を感じるんだよね。私は…戦う勇気もないから、塔子にはホント敵わないな…。禅…それ全部、正直に言えば良いじゃん、塔子に」
禅「え…今更感ない…?」
結唯奈「気づくのに今更なんことはないでしょ。気づいた時がタイミング!思い立ったら吉日じゃん!」
結唯奈はそう言うと、禅の背中を叩いた。
禅「うっ…」
結唯奈「そう言えばさァー、私…小学校の頃に塔子から借りた青色のクレヨン…まだ持ったまんまなんだよねー」
禅「あ、俺も持ってる。塔子の赤いクレヨン」
結唯奈「あの絵、まだ持ってんのかな?塔子…」
禅「どうだろうな?アイツの事だから押し入れの中で埋もれてんじゃねぇの?」
結唯奈「フッ…(笑)。あの絵から見ても、禅が塔子を好きなこと分かるもんねー。あれ見て気づかない塔子もどうかと思うわー」
禅「おまっ…。恥ずかしくなるから辞めろッ!塔子があの絵を掘り出しませんように…」
結唯奈「逆に今見つけてもらった方がいいんじゃないの?」
禅「いやいや、それはダメ…恥ずかしすぎる」
すると禅と結唯奈は、廊下からこちらを見ている塔子に気がついた。
禅「あっ…アイツ…」
すると塔子はニヤニヤした顔をしながらグッのポーズをして見せた後、手をヒラヒラさせながら去って行った。
結唯奈「気のせいかな?なんかあの子…私達の仲を誤解してない?」
禅「あれ、小学校の時からみたいだぜ…」
「・・・・」
結唯奈と禅はお互い無言のまま見つめ合った。
結唯奈「嘘でしょ?」
禅「うん、俺もそう思った…」
---
「っていうかさー、こんなにお前って分かりやすいのによく今まで誰にも気づかれなかったな?」
午後の教室で、紘司が禅に素朴な疑問を投げかける。
禅「・・まぁ…気づいてる奴もいたかもしれねぇけど…お前みたいにこうやって俺にガツガツ来てズバズバ言って来る奴なんていなかったからなァ…今まで」
紘司「何それ、超嬉しいんだけどッ!じゃあお前にとって俺が初めての相手って事だなッ!ガツガツ、ズバズバする…」
禅「その言い方辞めろッ!キモいから」
紘司「何だよーッ!照れんなよッ」
紘司が禅の肩に手を回した。
禅「ちょっ…マジで勘弁して」
紘司「ところでさぁ…お前に確認なんだけどよぉ…道重の方はお前の事どう思ってんの?」
紘司は動きをピタリと止め、またもや素朴な疑問を投げかけた。
禅「え、何とも思ってねぇよ?」
紘司「そうなの?じゃあ本当に両想いじゃないんだな」
禅「だからそう言ってるだろッ。アイツが好きなのは辻先輩だからな」
紘司「え…マジで?!」
禅「おぅ」
紘司「ねぇ…君達、それって二人してヤバくない?」
禅「は?何が…」
紘司「お前…最近、辻先輩と植月が親しいの知ってる?もしさ…その二人がくっついちゃったら、お前も道重も…二人して共倒れじゃねぇかよ…」
禅「うっ…」
紘司「あと植月って…道重と一緒にいる時は道重の方が目立ってるけどさぁ…。植月単体でいると意外と人気があるっていうかー、モテてるっていうか…」
禅「えぇっ!?」
紘司「俺の彼女が植月と仲良いからさ…最近よく…他の男から言われたりすんのよ。お前の彼女とよく一緒にいるあの笑顔が可愛くて元気な子、紹介してくれって」
禅「・・・っっ」
紘司「相手が辻先輩じゃなくてもさ…このままだと、植月が誰かとくっついちゃうのは時間の問題だぞ?お前、植月の誤解を早く解いた方がいいぞッ」
禅「・・・っ」
禅は友人紘司の言葉に一段と焦りを募らせた。
---
塔子「あ、辻先輩ッ!」
利騎「塔子ちゃん」
塔子と利騎は裏庭にてバッタリ会った。
塔子「最近、何かよく会いますね」
利騎「ほんとだね。塔子ちゃん、よくここ来るの?」
塔子「私、よく先生からゴミ捨てとか頼まれちゃうんですよー。私、そんな人相してますか?」
利騎「ハハハッ!ゴミ捨て頼まれやすい人相って逆にどんな人相だよッ」
塔子「こんな…人相?」
塔子が自分の顔を指さす。
利騎「塔子ちゃんってほんとに面白いねッ!」
塔子「いやいや、わりと真剣に悩んでるんですけどね」
利騎「きっと塔子ちゃんが可愛いから頼まれるんじゃないかな?」
塔子「かわっ…!!だからそのワードは」
利騎「イエローカードでしょ?俺結構貯まったんじゃない?」
塔子「まぁ、軽くレッドカードにはなってますね…」
利騎「ハハハッ!じゃあレッドカードのお詫びに駅の近くに新しく出来た、つんつるりんってお店のうどん奢るよ」
塔子「え…。えぇーっ!!」
利騎「あ、うどん嫌いだった?」
塔子「いえいえいえ…大好物ですッ!って言うか…私、食べ物は皆友達なので…嫌いな物ないです…」
利騎「フハハッ!食べ物まで友達かーッ!!斬新だわッ。じゃあ、俺とも友達になってくれる?俺、こんな風に普通に話せる女友達いないからさ」
塔子「も、もちろんですッ!私で良ければ。…って、辻先輩いつも女の子達に囲まれてるのに…」
利騎「あの子達は皆、下心ありきで近づいて来てる子達だからさ…本当の友達にはなれないよ。色恋ありきで接してきてるのが分かるから…俺そんな気ないし。だからああいう子達とは一線を引いてるんだ…。だからたまにここに来て息抜きしてる」
塔子「モテる人もそれなりに苦労があるんですね…。でも、息抜きっていうのは私も何となく分かります。私も幼馴染の二人にどこか気を遣ってる部分があって。私がいることが本当に二人にとっていいのかな?って…。二人想い合ってるなら…いっその事、私に言ってくれればいいのにって思うんですけどねー。だからたまに幼馴染から離れて息抜きしたくなるんです、私も…」
利騎「今度の日曜日空いてる?」
塔子「え?あ…はい、空いてますけど」
利騎「じゃあ息抜きデートしよう」
塔子「えぇっ!!デ、デート…デート!?」
利騎「ハハッ!友情デートだよ。気軽に友達同士で行く感覚でさ。さっき話したつんつるりんのうどん、奢らせてよ」
塔子「えっ、ほ…本当に良いんですかー!?」
利騎「いいよ。友達なんだからさッ」
利騎はニコニコしながら塔子を見た。
塔子はたじろぎながらも、利騎の笑顔に釣られて笑みを浮かべた。
---
日曜日-
利騎と待ち合わせしていた場所に塔子は急足で向かった。
そこには街中で一際目立つ利騎の姿があった。
行き交う女性達は利騎に見惚れている。
"うわーっ、辻先輩目立ってる…。普段の禅と結唯奈も目立つ方だけど、辻先輩もかなりだな…"
眩しいオーラを放っている利騎にたじろぎながらも塔子は恐る恐る近づいて行った。
塔子「どうも…お待たせしてすみません…」
利騎「あ、塔子ちゃん!全然待ってないけどね…って言うか待ち合わせの時間まだだし」
塔子「あ…そうですね…えへへ…」
利騎「制服姿じゃない塔子ちゃんも可愛いね」
塔子「ちょ…辻先輩ッ!またすぐそう言うッ」
塔子は顔を赤くし狼狽える。
利騎「ハハハッ!またイエローカード貯まるね」
塔子「もーッ!」
利騎と塔子はしばらくたわいもない話をしながら目的地であるうどん屋に到着した。
しばらくして、二人はうどんを食べ終えると店を後にした。
塔子「辻先輩…ごちそうさまでした…」
利騎「いいよいいよ。あんなに幸せそうに食べてもらえるとこっちまで幸せな気分になるよ。奢った甲斐があった」
塔子「あ…ありがとうございます…。幸せでした、うどん…」
利騎は笑顔で塔子を見つめると、思いついたように口を開く。
「じゃあさ、食後のデザート行く?この先に美味しいアイス屋があるんだけど」
塔子「辻先輩…あなたは神ですか?」
利騎「フッ…何だよそれ(笑)」
塔子「お供しますッ」
利騎「…(笑)。良かろうッ!ついてまいれッ」
塔子「ははーァ」
利騎と塔子の二人は笑いながら歩いた。
---
結唯奈「ねぇ、今年は別々に渡すんでしょー?何で一緒に買わないといけないのよッ」
禅「だって結唯奈と被ったらヤダし」
結唯奈「とかなんとか言って、本当は何買ったら良いか分からないんでしょッ」
禅「うっ…」
結唯奈「何でアンタって、塔子の前だと強気なくせに塔子のいない所で塔子の事となると弱気になるのかねぇー、ほんと不思議」
禅「う、うるせぇよ…」
禅と結唯奈は、駅前のデパートにやって来ていた。
しばらくして禅と結唯奈の二人は、デパートから出て街中を一緒に歩いていた。
禅「・・・っっ!!」
結唯奈「…っっ!!」
禅と結唯奈は、ある光景を目の当たりにした。
---
塔子「トリプルにしちゃいましたッ!ちょっと欲張り過ぎましたかね」
利騎「いいんじゃない?我慢しなくても」
塔子「私…こうやって食べ物に目がない所が禅にも女に見られない原因なんですよね、きっと…(笑)」
利騎「塔子ちゃんって、禅くんに女の子に見られてないことがやっぱり気になるんだね」
塔子「え?」
利騎「例え、禅くんに女して見られてなくても…俺とか他の男に女として見られてるなら別に良いんじゃないかなー?って思うんだけど」
塔子「確かに…。それもそうですねッ!」
利騎「でも…禅くんって、本当に塔子ちゃんの事、女として見てないのかな…」
塔子「え…。見てないですよッ!数多くいる女子の中で私にだけ当たりが強いですし雑な扱いをしますし」
利騎「それって…」
塔子「辻先輩ッ!!ここのアイス…すごく美味しいですッ!」
塔子は目を輝かせながら、利騎の言葉を遮りアイスの美味しさの感動を伝えた。
利騎「…っっ。良かった。塔子ちゃんって本当に美味しそうに食べるよね。連れて来る甲斐があるよ…あっ、塔子ちゃん、髪に付いちゃう」
利騎は塔子の髪がアイスに付きそうだった為、塔子の髪を、耳にかけた。
「…っっ。…す、すみません…、ありがとう…ございます…」
塔子は顔を赤くさせながら呟いた。
「あ…」
すると利騎が真っ直ぐ見ながら立ち止まった。
塔子はそんな利騎を不思議に思い、利騎の目線の先を見た。
塔子「あ…」
塔子と利騎の目の前には、禅と結唯奈の姿があった。二人は紙袋を手にしていた。
''休みの日に二人で会ってるなんて、やっぱり私に内緒で付き合ってんのか…"
塔子は静かに思った。
禅と結唯奈は固まりながら塔子と利騎を凝視していた。
"そんなに…私に見られたら気まづいのか?"
塔子は、禅と結唯奈の様子に若干戸惑っていた。
禅「おま…」
結唯奈「・・っ」
塔子「あ…えーっと、偶然だねッ!!こんな所で会うなんて…(苦笑)」
利騎「君達もデート?本当、偶然だね…俺達もデート」
禅「…っっ!?」
結唯奈「…っ!!」
禅と結唯奈は目を見開き硬直している。
塔子「・・っ!!」
塔子はサラリとデートと言う利騎に驚き狼狽えた。
利騎「君達も塔子ちゃんに黙ってデートなんて、付き合ってんの?」
禅「なっ…!」
結唯奈「ちがッ…」
塔子「・・っっ」
利騎「二人が付き合うのは勝手だけどさー、仲良い幼馴染ならちゃんと塔子ちゃんに言うべきじゃないの?それとも…そうやって毎回誤解を積み重ねてんの?」
利騎は鋭い眼差しで禅と結唯奈を見つめた。
禅「…っっ」
結唯奈「・・・」
塔子「辻先輩…」
利騎「俺は少なくとも、毎回同じ女の子と二人きりでいる時は誤解されても良いって覚悟でいつもいるよ。何とも思ってない女の子となんて、毎回二人きりではいないからね」
塔子「・・っ!!」
禅「…っっ!!」
結唯奈「…っ!」
利騎「じゃあお二人さん、お邪魔したねッ!行こうか、塔子ちゃんッ」
利騎はニコッと塔子に微笑んだ。
塔子「えぇっっ、あ…はい…。じゃあ、また明日ねーッ」
塔子は、笑顔で禅と結唯奈に手を振った。
禅「・・何だよ…アイツ…」
禅は利騎と塔子の後ろ姿を見つめながら強く握り拳を作った。
結唯奈「・・何でいつも…こう間が悪いんだろう…。まさか…辻先輩と塔子があんなに仲良くなってたなんて…」
結唯奈は項垂れた。
禅「…っっ」
結唯奈「ねぇ、塔子と辻先輩って…まさか付き合ってないよね?」
禅「まさか…」
「・・・・」
結唯奈と禅は焦りの表情でお互い顔を見合わせた。
「ちょっと言い過ぎたかな」
利騎が呟いた。
禅と結唯奈と別れてから塔子と利騎は近くの公園のベンチに腰掛けた。
塔子「辻先輩…」
利騎「あ、ごめんね。何か…つい、頭に血が昇っちゃって…」
塔子「どうして…」
利騎「何でだろうね。俺もよく分からない…。でも、塔子ちゃんがこの前息抜きしたいって言ってたのも聞いてたしね…」
塔子「あぁ…。すみません、私なんかの為に…」
利騎「いや…自分の為でもあるし…」
塔子「・・・?」
利騎「ごめんね、あんな言い方…嫌だったよね。自分でもおとなげなかったなって思うよ」
塔子「いえいえ…。むしろ、私が思ってた事もハッキリと言ってもらえたし、スカッとしました。ありがとうございました!」
塔子は笑顔で利騎を見た。
利騎「塔子ちゃんは…大丈夫?」
塔子「平気ですよッ!大丈夫です!」
利騎「そっか…」
利騎は安堵の表情を浮かべた。
---
翌日の朝-
結唯奈は先に登校するとの連絡があった。
塔子は禅と二人きりだった。
塔子「お…おはよう、禅」
禅「うす…」
禅は究極に元気のない様子だった。
そんな禅の様子に塔子は不思議に思った。
''禅…結唯奈とケンカでもしたのかな…?"
「・・・・」
二人の間にはしばらく沈黙が流れた。
すると、静かに禅が呟いた。
「お前…アイツと…付き合ってんのか…?」
塔子は驚いて禅を見た。
塔子「アイツって…辻先輩のこと?」
禅は塔子と目を合わさず俯いている。
塔子「付き合ってないよ」
禅「だってアイツ…デートって言ってたじゃん」
塔子「友情デートだよ」
禅「友情…」
塔子「そう、私…辻先輩と友達になったんだァ!辻先輩、気の遣わない女友達がいなかったんだって。私といると気を遣わなくて良いんだって」
禅「・・・っっ。アイツ…塔子の事、好きなの?」
塔子「えぇ?そんなわけないじゃんッ」
禅「お前…あんな事言われてたのに…よくだな…」
塔子「え…。あんな事??」
禅「・・何とも思ってない女の子と…毎回二人きりではいないって…」
塔子「あぁ、あれは…別に恋愛感情とかそういう意味ではないと思うけど…」
禅「何でそう言い切れんの?」
塔子「え…何となく…。あッ…でもそっか…。禅と結唯奈は恋愛感情ある二人きりだったんだもんね…。でも私と辻先輩は、禅達とは違うよー」
禅「おま…っ、だから違うって…」
塔子「あの…禅もさ、私に気遣わないで本当の事…話してくれて良いからね…。じゃあ、私こっちだから…じゃねッ」
禅「・・・っ」
禅は塔子の凝り固まった頭と鈍感力を絶望的に思った…。
---
「あの辻先輩って奴…。もう塔子をデートに誘ってたんだぜッ?どんだけ手が早いんだよッ!…たくッ。俺なんてまだ塔子と二人きりで出かけたことねぇのにッ」
禅は苛立っていた。
「あぁ、何か噂になってたな。辻先輩と植月が日曜日一緒にいたって」
紘司がサラリと言った。
禅「・・・っ」
紘司「ちなみに、お前らも噂になってたぞ。禅と道重がデパートで女もんのアクセサリー見てたって」
禅「うっ…」
紘司「禅は道重となら二人きりで出かけられんだなァ」
禅「・・・っ」
紘司「なんかさ…恋愛感情持ってないからこそ、気軽に二人で出かけられるっつーのかもしれないけどさ…。これ以上誤解されるような事してどうすんだよお前…」
禅「・・それが…日曜日、塔子と辻先輩が一緒にいる所に…俺らバッタリ…会っちゃって…」
紘司「カァーッ!!禅…お前ってとことんツイてないな…。いい加減、そのガラスのハートを強化ガラスにしろよッ!臆病すぎなんだよッ!買い物ぐらい一人で行けよッ!バカッ」
「・・・っっ。紘司…。どうやったら強化ガラスにできんの…?アイツの鍵…ちっとも開きそうにねぇし…十年は長過ぎた…」
禅はポツリと呟いた。
紘司「そうだねーぇ、十年は長いよねー。そんな長かったのに、一体お前は何をしてたんだろうねー?」
禅「紘司…これ以上俺を沈めないで…。息が出来なくなる…」
紘司「ハァー・・・。ある意味、そこが禅の良い所だけどなァ…。イケメンでモテ男なのに、実はポンコツだっていうそのギャップ!俺は好きだぞッ!」
禅「もう息出来ない…」
---
"今日は禅と結唯奈二人で先帰って!私まだ残ってやることあるからさ!時間かかるから待ってなくていいからね!"
送信…
「さぁて、結唯奈と禅も上手く行ってるみたいだし…私はバイトでも探そうかなァー」
放課後、塔子は禅と結唯奈に連絡をすると誰も居なくなった教室の窓から外を眺めていた。
"いっそのこと、辻先輩を好きになって当たって砕けてみるのも悪くないか…恋愛してるって感じで…"
塔子は物思いに耽た。
「おいッ!そこのバカ」
突然後ろから禅の声がした。
塔子は慌てて振り返った。
塔子「え…何で…。先帰ってって言ったのに…」
禅「放課後残ってやる事って何なんだよッ!お前何もしてねぇじゃん」
塔子「こ…これからッ!これからやるつもりなのッ」
禅「ハァー・・。お前、勘違いしてるだろ」
塔子「え?な、何の事?」
禅「何の事じゃねぇよッ!俺と結唯奈の事だろッ」
塔子「え、だって昨日…」
禅「違ぇよッ!早とちりすんなッ!本当にそんなんじゃねぇんだから…」
塔子「禅はさ…、逆に何でそんなに私に気遣うの?」
禅「は?」
塔子「ずっと私達三人いつも一緒にいたのに、私だけ一人余っちゃうからって…同情で私も交えて連んでくれてるんじゃないの?本当は結唯奈と二人きりになりたいくせにさ…。でも、私だって気持ち隠されたまま一緒にいるのなんて全然楽しくないよ。変に気を遣われてる方がよっぽど嫌だし。日頃、禅が私につれない態度なのは私に空気読んで欲しいからでしょ?」
禅「お前…何言って…」
塔子「言ったでしょ?禅が誰を好きで結唯奈も誰の事が好きなのかぐらい、小学校の時からの禅を見てれば分かるって。好きだから優しくするんでしょ?優しくされれば、そりゃときめくもんでしょッ。だから結唯奈だって禅を好きなんじゃないの?両想いだからいつも二人でいるんでしょ?何とも思ってない女の子と毎回二人きりではいないって辻先輩も言ってたし。そんな分かりやすい二人を私が見過ごすわけないじゃんッ!昔から周りの人達だって"二人はお似合いだね"って言ってたし…私もそう思うし。二人には幸せになってもらいたいの。私を見縊らないでよ?私は二人がくっついたって全然平気なんだから」
「だからァァーッ!!結唯奈と二人きりでいたからって何でそうなるんだよッ!恋愛感情なくたって二人で話すことだってあるだろッ!お前と辻先輩はどうなんだよッ!お前らだってよく二人きりで話してんじゃねぇかッ!お前がよく言う空気読むって何なんだよッ!!お前は俺が今まで…お前に優しく接してないとか言うけどさ…優しさなんて、お前の目に見えてる範囲だけにあるもんじゃねぇんだからなァッ!!だいたい、二人がお似合いって何だよッ!見た目のイメージだけで何で関係ねぇ周りの奴らなんかに、そんな事勝手に決められなきゃなんねぇんだよッ!本人達の気持ちはどうでもいいのかよッ!今のお前が一番空気読めてねぇわッ!!」
禅が声を荒らげ一気に捲し立てた。
「・・・っっ!!」
塔子はビックリして禅を見る。
「・・・・」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
すると禅は、突然塔子の頭の上に静かに手を乗せ、ゆっくりと優しく塔子の頭を撫でた。
「こうやって…頭撫でれば俺にもときめいたりすんの…?」
禅は真剣な表情で塔子を見つめながら呟いた。
禅は利騎が塔子にしていた場面を思い出していた。
塔子「え…」
塔子は驚きながら呆然と禅を見つめた。
「・・ハァー…。疲れた。やっぱ今日はもう帰るわ」
禅はそう言うと、塔子と目も合わさず俯いたまま教室を出て行った。
塔子は呆然としたまま禅の後ろ姿を見送った。
禅があんなに真面目な顔をしたのは初めてだった。
塔子「禅…」
そして禅が酷く怒ったのは、塔子が禅達と違う高校に行くと言った時以来だった。
--
"お前がかけちまったその人の心の鍵…長い間かけすぎてたせいで、すっげぇ錆び付いてるから相当素直に分かりやすく言わないと、なかなかあの鍵は外せねぇぞ…"
禅は友人の紘司が言っていた言葉を思い出していた。
"俺、どんだけアイツの鍵錆びさせたら気が済むんだよ…。俺のバカ…"
禅は項垂れながら帰路についた。
---
「あ、結唯奈ちゃん!」
結唯奈は下校時に寄ったコンビニにて、塔子や禅、結唯奈と同じ中学だった同級生の沢井 里久子に会った。
「あ、里久子ちゃん…」
結唯奈は驚いた様子で里久子を見た。
里久子「久しぶりだね!皆元気にしてるー?」
結唯奈「うん、元気だよー!里久子ちゃんはどう?」
里久子「うん、おかげさまで!でも、まさか結唯奈ちゃんと三門くんまで塔子ちゃんと同じ高校にしちゃったのには驚いたなー!」
結唯奈「え、何で?」
里久子「だって…結唯奈ちゃんと三門くんって両想いだったでしょ?だから塔子ちゃん、結唯奈ちゃんと三門くんに気を遣って違う高校に行く事にしたって聞いてたんだけど…」
結唯奈「え…何その話…」
里久子「あれ…知らない…?中学の時、進路決めの時期にね…塔子ちゃん、一部のクラスの女の子から言われてたんだよ・・」
"植月さん、あまり道重さんと三門くんの邪魔しない方が良いんじゃない?道重さんと三門くんって両想いだよ?いつも一緒にいるくせに何も分かってないのね…植月さん。せっかく二人、お似合いのカップルなのに植月さんのせいで二人が気遣ってなかなかカップルになれないじゃん。三門くんが植月さんを雑に扱うのって、植月さんが邪魔だからじゃない?いい加減…高校ぐらいは離れてあげて、もっと空気読みなよ"
結唯奈「・・・っっ!?」
里久子「だからね、塔子ちゃん言ってたんだよ。もう二人の邪魔にならないように、二人とは違う高校に行くんだ…って」
結唯奈「塔子…」
里久子「まぁ…結唯奈ちゃんと三門くんが良ければ別に問題ないけどね。でも…逆に塔子ちゃんの方が心配かな…。また中学の時みたいな事周りから言われたりするのはちょっと…可哀想っていうか…。塔子ちゃん明るいけど、結構気にしいな所あるからね…」
結唯奈「・・・っっ」
里久子「じゃあ…塔子ちゃん達にもよろしくね!またね!」
結唯奈「あ…里久子ちゃんっ!!」
里久子「?」
結唯奈「私と禅は、両想いでもなんでもないよ。小学校の時からずっと…」
里久子「え…」
結唯奈「だから…いつか中学の同級生でまだ誤解してる人に会ったら、ちゃんとした事実を伝えといてほしいな…。あと…塔子の事、教えてくれてありがとう」
里久子「結唯奈ちゃん…。うん、わかった。誰かに会ったら、そう伝えとくね。本当に噂って…良くないね。私も二人が両想いだって噂、完全に信じちゃってたからさ…。反省しなきゃだね…ごめんね」
結唯奈「ううん。里久子ちゃんが謝ることじゃないよ。誤解させちゃってた私達も良くなかったし…。じゃぁ、また…。元気でね」
里久子「ありがとう。結唯奈ちゃんもね」
二人は笑顔で別れた。
「・・・」
結唯奈は自分の知らなかった塔子の事実に胸が締めつけられる思いがした。
---
"今日先行くわ"
翌朝、禅から来た連絡。
「禅、昨日から何か変なんだよな…。私が結唯奈と禅の事言ったのがそんなに嫌だったのかな?そんなに私に気遣われるの嫌なの…?私の方だって気遣われるの嫌なんだけど…」
塔子が禅から来たメッセージを見ながらぶつぶつと呟いている。
「塔子…」
結唯奈が塔子に声をかけた。
「おはよう、結唯奈」
塔子は結唯奈を見た。
「ねぇ、禅…昨日から何か変なんだけど」
塔子が顔をしかめながら言う。
結唯奈「…っっ。昨日の放課後…禅、何か言ってなかったの?」
塔子「何か?…んー・・特には…。あっ、でも…突然頭撫でて来て、"こうやって撫でれば俺にもときめいたりすんの?"っなんて言ってきたけど…。あんな禅見たことなかったからちょっと驚いたな…」
"結唯奈が禅を好きだった場合…禅が二人の仲はそんなんじゃないって言ってた…なんて言ったら傷付くよね…"
塔子は心の中で静かに思った。
結唯奈「…っっ」
"禅…言わなかったのかッ…"
結唯奈は静かに項垂れた。
塔子「・・・結唯奈…。えっと…単刀直入に聞くけど、禅と結唯奈って…その…両想いでしょ?この前デートしてたもんね」
結唯奈「ない」
塔子「え?」
結唯奈「断じてない」
塔子「は…?え…だって結唯奈、小学校の頃から好きだったでしょ…禅のこと…」
結唯奈「禅も塔子も同じぐらい好きだったッ!」
塔子「ん?え…。そうゆう…好き?」
結唯奈「私はね、アンタと会って早々にマウンドを降りたのよッ!だから昔から禅には恋愛感情なんて全く生まれなかったわッ」
塔子「えぇっ!?そうなの…?な、何で…??」
結唯奈「それはー・・・」
"禅の気持ちに気づいて塔子には敵わないって思ったから…"
結唯奈「何だって良いでしょッ」
塔子「えぇー…」
"私も小学校早々にマウンドを降りたんだけど…"
塔子「だって…この前二人でデート…」
結唯奈「あれ、デートじゃないから」
塔子「え?」
結唯奈「アイツの買い物に付き添ってただけ。そこには恋愛感情も何もないわよ」
塔子「う…そ…。・・・ってことは…じゃあ、禅の片想いってこと?だから禅、昨日あんなに怒ってたの…?」
結唯奈「・・それも違うと思うわ…。塔子、中学の時に何か言われた事、まだ気にしてるんだよね…」
塔子「え…」
結唯奈「昨日…里久子ちゃんに偶然コンビニで会ったの。それで…聞いた。塔子がさ…、突然私達とは別の高校に行くって言い出した時、何か変だとは思ってたんだよね…」
塔子「・・・っっ」
結唯奈「ごめん…。塔子が私と禅の為に傷付いてたこと…私、全然知らなくて…」
塔子「えっ…いやいや…謝らないでよ結唯奈。結唯奈のせいじゃないじゃん。言われた事だって全然間違いじゃなかったし…私もその通りだなって納得してたし…傷ついてなんかないよッ」
結唯奈「塔子、強がらなくていいよ。もう他人の為に自分の力使うの辞めなよ…」
塔子「結唯奈…」
結唯奈「周りのイメージにわざわざ事実を捻じ曲げてまで合わせる必要なんかないよ。私と禅は両想いなんかじゃない…今までもこれからもずっと。禅が好きなのも私じゃないよ」
塔子「え…うそ…。でも…いつだって結唯奈には優しいじゃん。お祭りの時だって、結唯奈の方見て"可愛い"って言ってたし」
結唯奈「お祭り…?…あぁ…」
"あの時、確かに禅の顔はこっち向いてたけど…目と心は明らかに塔子の方向いてたけどね…"
結唯奈はお祭りの時の場面を回想しながら静かに思っていた。
塔子「しかも、あの時…禅に話しかける度に結唯奈の方見てたし」
結唯奈「・・・っ」
結唯奈はまたもやお祭りの時の場面を回想した。
--
塔子「ねぇ、禅ッ!」
禅「ビクッ…!!・・・っっ」
塔子「・・・?」
結唯奈「…っっ、ちょっと…禅、いちいち塔子に呼ばれる度にこっち向くの辞めてくれない?(小声)」
この時、塔子と結唯奈の間に禅がいた。
禅「・・・っっ」
--
結唯奈「・・・っ。あれは、禅がたまたまこっち向いてただけでしょ…」
塔子「むむ!そうは見えなかったけど…」
結唯奈「人はさ、誰にでも癖ってあるじゃん…」
塔子「癖…?」
結唯奈「そう、癖。禅の癖は素直になれない癖。私は野良猫を追いかけちゃう癖」
塔子「ハハッ!結唯奈いつもそうだよね」
結唯奈「そしてアンタは…妄想を現実だと思い込む癖!」
塔子「え…」
結唯奈「頭の中で起きてる妄想は、現実で起きてる事じゃないから」
塔子「頭の中で起きてる…妄想…?」
結唯奈「アンタの思うことは妄想にしか過ぎないの。その妄想は所詮アンタの頭の中だけの話。現実に起こってる事実とは全然違う。それを塔子はいつも勘違いして突っ走る。そういう厄介な癖をアンタは持ってるのよッ!」
結唯奈はビシッと塔子に指をさした。
塔子「うっ…」
塔子はたじろぐ。
結唯奈「名探偵なんちゃらだって、怪しいって思う人の行動やしぐさだけじゃ判断しないでしょ?ちゃんと決定的な証拠を掴んでから"犯人はお前だッ!"って言ってるでしょ?誰も妄想だけで真実を決めつけたりしてないでしょうよッ」
塔子「うっ…。まぁ…確かに…」
結唯奈「塔子、ここは思い切って逆転の発想をしてみなさいよッ!」
塔子「逆転の発想??」
結唯奈「そう。塔子が考えてる"好きな人には優しくするもの"…っていうのを、逆に考えるの。"好きな人には意地悪をするもの"って言う風にね」
塔子「え…。えぇーっっ」
結唯奈「そう考えるとさ…だいたい分かって来ない?禅が何で怒ったり、様子が変な理由」
塔子「えっ…ちょ…ちょっと待って…。分かるけど…分からない…。そもそも私は…好きな人に対してわざわざ嫌われるような嫌がる事はしないって思ってるから…禅の好きな人が私って事はまずあり得ないって…。お祭りの時の塩対応だって、何かと私だけ食べ残しをくれるとか…バカにしたりからかったり…。結唯奈と私じゃ、天と地ぐらい態度が違うじゃん。私にはどうしても禅が結唯奈の事を好きだとしか思えない…」
結唯奈「・・っ。禅が塔子にそういう事してきて、塔子は禅の事嫌いなの?」
塔子「そういうわけじゃないけど…」
結唯奈「じゃあ別に、禅が塔子にしてることが嫌われるような事じゃないって事じゃない」
塔子「・・っっ。でも、禅が私を女として見ているとは思えないよ。小さい頃から今までのその考えをいきなり180度変えるのは…ちょっと難しすぎる…」
結唯奈「まぁ…そりゃ長年思い込んじゃってた事ってなかなか変えるのは難しいことだとは思うけど…。…やっぱり一番は、禅本人から直接聞かないことには、なかなか考えを180度変えるのは無理かぁ…」
塔子「禅って…何を考えてるのか…よく分からない…。私が長い間思い込んできた説の方が断然腑に落ちるよ。結唯奈に言われた逆転の発想?の方が混乱する…」
結唯奈「…たくッ。どいつもこいつも不器用なんだからッ」
塔子「ん?どいつもこいつも?わ、私もー!?」
結唯奈「そうよッ!あと…私も」
塔子「え…結唯奈も??」
結唯奈「・・・っ。塔子は辻先輩と…どうなのよ…」
塔子「え、どうって?」
結唯奈「この前…仲良さそうだった…じゃん。付き…合ってたり…」
塔子「それこそないよッ!辻先輩と私はお友達だよッ」
結唯奈「それだけ…?辻先輩…塔子の事、好きなんじゃ…」
塔子「え…結唯奈まで禅と同じ事言ってーッ。辻先輩、全然そんな感じじゃなかったよ?」
結唯奈「え…そう…なの?」
"塔子、鈍感だからな…"
塔子「そうだよー。ヤダなァー、二人して」
結唯奈は塔子の言葉を信じられずにいた。
---
「禅…ちょっと良い?」
休み時間、塔子は禅を呼び出した。
「・・・っっ」
禅が気まづそうにチラッと塔子を見た。
塔子と禅は廊下にある塔子お馴染み黄昏窓の所までやってきた。
「禅…、何だか私…お節介だったみたいで…ごめん…」
塔子は申し訳なさそうに禅を見た。
「いや…別に…」
禅は顔を逸らしながら呟く。
塔子「私…禅が誰の事を好きなのかとか、何を考えてるのか…正直分からなくて…その…迂闊な事あまり言えないんだけど…。とにかく禅は、禅が好きな女の子とだけと一緒にいれば良いと思う。だから…幼馴染って存在をあまり重く考えないで欲しい…。私は本当に気を遣われるほど弱くないし。私、禅にとって重荷になるつもりないから」
禅「塔子…」
塔子「私達はもう子供じゃないもんね」
禅「・・・」
塔子「私はさァ、アンタにいくら雑な扱いされようが何されようが、別に心から嫌がってるわけじゃないし、禅の事嫌いなわけじゃからね?だから禅にはちゃんと幸せになってもらいたいって思ってるんだよ。ただ禅が本当に好きだって思う人と一緒になればいいのにって思ってるだけから。何か…よく分からないけど、とにかくあんまり悩むなよッ!!えっと…それだけ。じゃね」
禅「…っっ。塔子…」
"結唯奈、やっぱ考え方を180度転換するのは無理だけど…私が思ってる事を伝えておけば、まぁ良いよね…"
塔子は静かに思うとその場を後にした。
禅は何も言えずに、ただただ塔子の後ろ姿を呆然と見つめた。
---
「あっ、辻先輩!」
塔子は校舎の外廊下を歩いていると、バッタリと利騎に会った。
「塔子ちゃん!」
利騎は爽やかな笑顔であった。
「この前は、ありがとうございました。ごちそうさまでした…」
塔子が頭を下げた。
「いいよ。俺も久しぶり楽しめたから」
利騎は優しい笑顔で塔子を見た。
「・・・やっぱり、辻先輩見ると…何か、テレビ画面観てるみたいです…」
塔子は呆然と利騎を見つめた。
「え?何それ…。初めて言われたけどそんな事…。どういう事?顔が四角いってこと?」
利騎がキョトンとしている。
「い、いやいやいや…っっ、すみません…違うんですっっ!テレビの中にいるアイドルとか俳優さんを観ているような感覚…って意味です」
塔子は慌てて説明する。
「ハハハッ!何だよそれッ!そんな事初めて言われた」
利騎は満面の笑顔で塔子を見た。
「辻先輩が前に言ってた通りでした…」
塔子が突然、シュンッとなり利騎に呟いた。
「え…」
利騎は驚きながら塔子を見つめた。
「男女の幼馴染って何か難しい関係だなってやつです…」
塔子は俯いている。
「何かあった?」
利騎は塔子の顔を覗いた。
塔子と利騎は近くのベンチに腰掛けた。
塔子「私…中学の頃、進路決める時に一部の同級生から言われたんですよ。せっかく結唯奈と禅は両想いでお似合いのカップルなのに私が邪魔してるせいでなかなかカップルになれないって。もっと空気読みなよって…(苦笑)」
利騎「…っっ、酷いね…その同級生」
塔子「いや…私もその通りだなって思ったんですよ」
利騎「え…」
塔子「だから私もこう応えたんです」
"うん、そう思う"
利騎「・・っ」
塔子「だから敢えて二人とは違う高校に進学するつもりだったんですけど、何でか結唯奈と禅まで私と一緒の高校にしちゃって…。何でぇー!?って思いましたけど…。でも、心のどこかで嬉しがってる自分がいたんです。ホント、面倒くさいですよね…人間の心って。その時、人間辞めたくなりましたもん、私。本能のまま生きる別の動物になりたいって思いました…(苦笑)」
利騎「・・・」
塔子「でも…一緒の高校来たら来たで、やっぱり心のどこかではいつも結唯奈と禅に気を遣ってる自分がいて。結唯奈と禅は、私に気を遣ってるのか、両想いなんかじゃないって…いつもそう言ってくるし。そう言われてもやっぱり自分ってお邪魔虫なんじゃないかって考えがやめられなくて…本当に男女の幼馴染って関係は難しいです」
利騎「塔子ちゃんは優しいんだね」
塔子「いや…優しくないですよ。辻先輩から前に、空気は吸うものって言われてその時はなるほどねって思ったんですけど…やっぱりどうしても、空気を読みたくなってしまうんですよね…。それなのにやっぱり上手くいかなくて。結局私は自分の事しか考えてないんです…」
利騎「それでも、優しいよ。塔子ちゃんは」
塔子「・・・辻先輩も優しいですね。こんな私にいつも優しい言葉をかけてくれますから」
利騎「ハハッ。俺は逆にその優しさが原因で、毎回上手くいかないよ。まぁ…誰にでも優しくしちゃうのは俺の癖みたいなもんだから…」
塔子「癖…ですか…。でも、確かに…歴代の彼女さん達の気持ち分からなくもないです。私も普段女扱いされなさすぎて…先輩から優しい言葉かけて頂いて、正直キュンってしちゃいますど…誰にでも優しいのかなって思うとなんか微妙な気持ちになってしまう。何なんですかね?皆平等に優しくすることは良い事のはずなのに…途端に特別が欲しくなってしまう。欲張りなんですかね?人間の頭って本当に厄介…」
利騎「確かにね…。って、塔子ちゃん…本当に普段女扱いされてないの?そんなに可愛いのに」
塔子「辻先輩…。その、可愛いってワードはイエローカードだっていつも言ってるじゃないですかーッ!」
利騎「アハハッ!ごめんごめん。でも本当の事なんだけどなー」
塔子「先輩…。もし、先輩に好きな人が出来たら…今先輩が与えている優しさの配分って、その好きな人にも同じぐらいの量なんですか?意地悪することって…あります?」
利騎「うーん…あるかも」
塔子「え…」
利騎「確実に今の優しさの量は減るかも」
塔子「えーっっ!!」
塔子は利騎の意外な返答に驚き利騎をまじまじと見た。
利騎「ハハッ!ごめん、言葉足らず。今みたいな周りにしてるような浅い優しさの量は減るって意味。逆に…優しさの質は上がるかな」
「優しさの…質…??」
塔子はキョトンとしながら利騎を見つめた。
利騎「優しさってさ…相手を褒めることだけじゃないんだよ。時には嫉妬したり怒ったり…そういうのも相手に対しての優しさだと思う。相手の為を思って敢えて怒る。そういう意味で、怒るのもまた優しさなわけで…。そんな風に優しさの質が上がるんだよ、好きな人に対しては。好きな人にしか見せない顔だよ」
塔子「好きな人にしか見せない顔…」
利騎「きっと誰でも、好きな人にしか見せない顔や態度って必ずあるんじゃないかな?」
塔子「・・・・」
塔子はこの時、友人の美咲の彼である紘司が言っていた言葉をふと思い出した。
"でもさー俺思うんだけど、逆に禅がちょっかい出す女子って植月だけじゃね?他の女子は道重に取ってる態度と一緒っていうか…"
塔子「・・・っっ」
"そんなわけ…ないよね…"
塔子は頭の中に出てきた紘司の言葉を振り払った。
利騎「だから…俺の普段の上っ面な優しさばかりを期待して近づいてくるような女性とはいつも一線を引いてる…後で期待外れっていつも言われちゃうからね…。本当の俺は、相手が心地良くなるような良い事ばかりなんて言えないからさ…。だから必ずしも誰にでも同じく優しいってのはないかな…。ましてや自分の好きな人には特にね」
塔子「好きな人には…特に…ですか…」
利騎「俺、小さい頃からばあちゃんに言われてたんだよね…。笑顔は人を幸せな気持ちにさせるから、いつでも笑顔でいればいつか自分にも幸せがやってくるって…。だからいつも人には笑顔で親切にしてなさいって」
塔子「…っ!」
利騎「そう言われてたからか、子どもの頃から染み付いちゃってる癖がなかなか抜けなくてね…。俺って誰に対してもすぐに笑顔振り撒いて上っ面に優しくしちゃうからさ…そんな癖のせいで、誰にでも愛想振り撒く女たらしだー…とか、誰にでも優しくしてくれるからー…とか、優しくするのは当たり前な男だからー…とか、"優しいたらし男"っていうレッテルを貼られがちなんだよね…俺…(苦笑)」
塔子「えっ、そんな…」
利騎「誰にでも直したくても直せない性格の癖ってあるよね…」
塔子「はぃ…。ありますね…」
利騎「どうやって直せば良いんだろう?だからさァ、いつも塔子ちゃんを俺の何気ない言葉でキュンとさせてしまってるみたいだったけど…それも単なる上っ面な俺の優しさだから…ごめんね、何か変に期待させちゃって」
塔子「いやいや…そう言ってもらえて逆に気持ち良いといいますか…清々しいです。上っ面って言いますけど、純粋にただ優しい人なんですよ、辻先輩は。癖っていうのは、自然とやってしまうって事ですよね?例え上っ面だけの浅い優しさでも自然にサラッと出来てしまうのは逆に凄いと思いますし…それはもはや才能だと思います」
利騎「え…」
塔子「いつもかけてもらってる言葉はどれも的確で間違ってないですし…その言葉でいつも私は救われています。それにー…辻先輩の誰にでも笑顔で対応したり優しくするっていう癖は、別に直さなくても良いと思いますよ?おばあちゃんの助言は間違いじゃないですッ」
利騎「塔子ちゃん…」
利騎は驚いたように塔子を見た。
塔子「自分が心から好きと思える誰か一人にだけ分かってもらえれば、無理に直す必要はないですよ。一人に理解してもらうだけで良いんです。それに…笑顔は素晴らしい事ですッ!どんな笑顔でも…そこに気持ちが籠ってなくても、笑顔ってだけで周りは明るくなりますから」
「ありがとう、塔子ちゃん…」
利騎は穏やかな表情で塔子に言った。
塔子「私って小さい頃から、結唯奈と禅…あの二人の用心棒みたいなものなんですけど。あの二人…本当に良くモテるんで、その分敵も作りやすくて。あっちで結唯奈の悪口言ってる奴がいたら私が何言ってんだーッ!って怒りに行って、そっちで禅の悪口言ってる奴がいたら私が何言ってんだーッ!って怒りに行って…(苦笑)それも、私の癖みたいなもんなんです…。私、理不尽な事言われてるのを見過ごせないっていうか…。例え私が周りから印象悪くなっても大切な幼馴染達だけが分かってくれてたら…このままの私でも良いかなって…」
利騎「だからか…」
塔子「…?だから…?」
利騎「あ…いや。君達は良い幼馴染だなって思って」
塔子「いやいや…。でもたまに、先輩みたいに直さないとなーって思う時はあるんですよ。かえって二人が迷惑になってたりしてないだろうか…って」
利騎「迷惑なわけないじゃん。誰だって自分を庇って怒ってくれるのは嬉しいと思うけど…」
塔子「・・だと良いんですけどね…。でも人間ってなかなか本当の事を言わない生き物だから…たまに不安になります」
利騎「大丈夫だよ。そのままの塔子ちゃんで」
塔子は優しく微笑んでいる利騎を見ると、静かに言った。
「先輩も大丈夫ですよ。そのままの辻先輩で。辻先輩の笑顔見ると元気出ますから、私」
すると、利騎は驚いたように塔子を見るとニッコリ笑い言った。
「うん、ありがとう」
---
「禅…やっと自分の気持ちに正直になったんだな…」
廊下を通りかかった塔子は、庭で話をしている禅と結唯奈の二人を見て呟いた。
塔子は、ほっ…とため息を吐き力が抜けた表情をした。
塔子「あっ、猪平くん!」
塔子は友人美咲の彼氏である紘司が通りかかったので声をかけた。
紘司「あ、植月」
塔子「ねぇねぇ、猪平くんのハズレだよ」
紘司「え…何が?」
塔子「あれ見て」
塔子が庭を指差した先には禅と結唯奈の姿があった。
紘司「・・っ」
塔子「私ね、今日禅に言ったんだ。禅が好きな女の子とだけと一緒にいれば良いよって。幼馴染って存在をあまり重く考えないで、私は気を遣われるほど弱くないし…って。きっとその言葉が効いたんだね。やっと禅も正直に生きる気になったんだわ」
紘司「えぇっっ!?そう…なの…?」
塔子「だから猪平くんの負けねーッ!」
紘司「・・・っっ」
塔子は鼻歌を歌いながらその場を去って行った。
紘司「・・・」
紘司は呆然と塔子の後ろ姿を見つめていた。
紘司「・・・っっ!?」
すると、紘司は塔子のある光景を目撃した。
最初のコメントを投稿しよう!