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四方朝火:2
卑忌は、ヒキと読む。
造語であり、言葉自体に意味はない。なんとなく見ただけで恐ろしいような感じのする文字と語感だけで決めたタイトルで、確か本編にこの言葉は出てこなかった筈だ。
しかしそのコメント欄ではしきにり「ヒキ」と「引御前」という言葉が使われており、語感の類似性が槍玉に上げられていることも多かった。作者である私がその「引(ヒキ?)御前」なるものを知った上で、「卑忌」を書いたのではないか、とこう言いたいらしい。
ちなみに、今更宣伝するようで些か恥ずかしいのだが、当時私が執筆した『卑忌』がどんな内容だったのかを説明すると、こうだ。
……オカルト雑誌の編集部に在籍する私(語り部で主人公)のもとに、一本のビデオテープが送られて来る。差出人不明のそのビデオテープを再生しようとした途端、磁気テープが切れて見れなくなる。慌てて繋ぎ治すも機械が再生を拒否し、すぐにデッキから吐き出されてしまう。結局ビデオに記録されている映像を見ることは出来なかったのだが、その後ビデオに触れた人間の周りで次々に怪現象が巻き起こっていく……という自分で書いていて悲しくなるくらい既視感たっぷりのあらすじである。
私が当時拘っていた部分としては、怪現象としていわゆるど定番の女幽霊(白装束に髪の長い例のアレ)は出さないと決めていた点と、ビデオの中身を見ていないにも関わらず呪いのようなものを受けるという理不尽さ、にあった。言ってしまえば名作『リング』を念頭に置きながら、あえて王道を外した恐怖演出に挑んだのがこの『卑忌』だったのだ。
切り口としては、主人公には全く霊感がなく、オカルト雑誌編集者という立場でありながら心霊現象懐疑派、というスタンスで事件を見る目線が新しいと思っていた。
「怨念がビデオに入って移動するなどありえるのか?」
「無機物に触れただけで霊障を受けるなどありえるのか?」
「幽霊とは因果関係のない人間が憑りつかれるなんて本当に起こりえるのか?」
無視されがちなオカルトのあるあるにいちいち疑問を差し挟み、読者の共感を引こうという作戦だった。ホラー小説愛好家の読者たちに、「これってどうなの」という疑問を呈することが斬新だと本気で思っていたのだ。あくまでも当時は、だが。確か投稿サイトの紹介文にも、
「怪現象のスタンダードに挑む本物の怪異がここにある」
という赤面もののキャッチコピーを付けていた。言い訳させてもらえるならば『卑忌』は私が書いたホラー小説としては一作目であり、チャレンジ精神のみで駆け抜けた作品だった。オリジナリティ溢れるとは言い難いが、それでも書いていてとても楽しかったことだけは覚えている。
所がここへ来て、その『卑忌』に異変が起きた。四年越しの大ヒット、ではなく大炎上である。作中のどの部分が実際に起きた事件と似ているのかとコメントを追いかけた所、どうやら皆口を揃えて、怪現象の大元である地縛霊のことを言っているようだった。ややこしい説明になってしまうが、あくまでもど定番な女幽霊を描かないと決めただけで、幽霊そのものを出さないと決めていたわけでなかった。
恋人に捨てられて意気消沈した女性がとある山奥で自殺を図るも、先にその場で首を吊って死んでいた自殺者の遺体を発見し、怖くなって逃げ帰ろうとする。所がその自殺者が地縛霊となって女性を捉えて離さない。その地縛霊は同じく自殺願望を持ってやってくる人間の魂を刈り取る悪霊と化していたのだ……という、そういう設定だった。
前述した、再生できないビデオテープのくだりは冒頭の掴みであって、物語が進行するにつれて山奥の悪霊が存在感を増して来る、という二段構えの仕組みを用意していた。そしてこの、
「死んだ人間の幽霊が生者の魂を引っ張る」
という部分が殊更、コメントを書き込む者たちの気を引いたようなのである。私としては別段目新しい設定だったとも思わないし、ホラー作品……というか創作物に限らず自殺現場ではそういったマイナスの噂が立つことなんて珍しくもなんともないだろう。
ところが噂に留まらず、「山奥」「自殺志願者」「同じ場所で自殺が重なる」といった『卑忌』の要素が、近年実際に起きた事件と偶然一致していたらしいのだ。いわゆるネット世界のオカルト愛好家が偶然私の小説を見つけ、その事件と照らし合わせてやいのやいのと騒いでいたわけだ。
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