四方朝火:3

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四方朝火:3

 コメント欄を頼りに、実際に起きたという事件についてを私なりに調べてみた。山奥、自殺、と聞いてすぐに青木ヶ原樹海が思い浮かんだが、いくつか書きこまれていた地名はどれも違った。関東ですらなかった。詳細を書くことは控えるが、東か西で言えば西、私がその事件にぴんと来なかった理由も、生活圏から遠く離れた地方での出来事だったからだろう。  コメント欄に書かれていた幾つかの地方名のうち(おそらく適当に書かれた無関係な場所もあると思われる)、最も多く名前の挙がっていた地域に当たりを付けてネット検索を掛けると、意外にも多くの候補記事が挙がってきた。その中から「連続」「不審」「自殺」などで絞り込んだ所、ヒット件数をかなり抑えることが出来た。残されたのはいくつかの小さなニュース記事と、郷土史を思わせるPDF資料のみである。  こう言ってはなんだが、名前を聞いてもそれがどこの都道府県か分からなかったくらいの田舎町である。登山客の遭難ならまだしも、山での連続不審死となるとそうそう起きることではないのだろう。小説投稿サイトのユーザーたちがコメント欄で騒いでいた「実際に起きた事件」というのは、おそらくこれのことではないかと思われた。  ここでは仮にその地方名を「多黒(たぐろ)」とし、山の名前を「多黒山(たぐろやま)」としたい。ネットで検索した限りだとニュース記事の方も既にリンク切れを起こしていて、事件自体が最近起きたものではないことが分かる。記事の日付はどれもが今から五年以上前、なるほど、私が四年前に書いた『卑忌』がこの事件を下地にしていると言われても、時系列的な理由を根拠に否定は出来ないわけだ。  そしてニュース記事からの少ない情報では、遺体が三体以上発見されていることと、自殺の可能性が高いこと、遺書がないこと、亡くなったのが全員女性であること、という四つの共通点があること以外は何も分からなかった。その遺体が地元民なのか、他府県から来た旅行者なのか。年齢は幾つくらいなのか。遺書がないにも関わらず自殺の可能性が高いとされる理由は何か。それらの詳しい情報はどこにも記載されていなかった。  コメント欄では、事件が起きる以前から心霊スポット的な噂のある場所として愛好家による考察が繰り広げられていたが、もちろんニュース記事にそんな不謹慎な情報が書かれているはずもない。  つまりこの段階では、肝心要の『卑忌』との共通点がどこにも見受けられなかったのだ。多黒、という地域名はむろんこの場限りの仮名だが、卑忌、ヒキ、引、という言葉の音感や字面に近い印象のある地名でもない。  ニュース記事とは違うPDF郷土資料に「引御前」なる人物の伝説など載っていまいかと期待したが、これも空振りだった。唯一目を引いた点として、PDF資料には、 「多黒山病院跡地とその後の有効活用についての懸案」  というタイトルが付けられていた。おそらく、役所の人間や地域の土地持ちとの間で交わされた報告資料ではないかと思われる。だが何故かネットにアップされていた記事は最初の1ページのみで、続きは探しても見つからなかった。一応念のためにそれらのネット記事をプリントアウトし、知り合いの版元編集者にそれとなく相談してみることにした。  別に放って置いても良かったのだが、何となく気持ちが落ち着かず、どうにも調べようがない所までは自分なりに追いかけてみようと思った。私に小説投稿サイトのコメント欄炎上を教えてくれた友人景子はとにかく不安がっていたが、何度も言うようにこのサイトを利用していた頃と今では表に出ている私の名前が違う。炎上騒ぎが膨らんだ所でどうということもなかったが、知らないうちにどこかから『引御前』なる魔物が現れて私の書いた物語に浸食しているようにも感じられ、我が子を助けてあげたいような、何かそのような気持になっただけである。  
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