赤い天使:15

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赤い天使:15

 鹿島先生に促され、姫倉とともに先を行く二人を追いかけた。朝火先生は身体に力が入らぬ様子で、すぐにグニャグニャとその場にヘタリ込みそうになった。後ろから来た清水が反対側に回って肩を貸してくれなければ、朝火先生を担いで山道を下ることなど出来なかったかもしれない。 「あんたも色々あったんやな」  礼のつもりでそう声をかけると清水は、 「ああ、色々あり過ぎなんや、この山は」  とやや怒ったように答えた。「ビデオテープ、見たか?」 「え?」 「俺があの阿含という男にくれたったんや。友達ならお前も見たんと違うのか」 「あ、あのビデオテープってあんたが手に入れたもんなんか!」 「さっき見たやろ、あのトンネルで見つけたもんをくすねて、阿含にくれてやっただけや。何や、見てへんのか?」 「でも、なんで。いつから知り合いなんや」 「知り合いちゃうわ、あいつがただただしつこく村に来よっただけの話や。そやけどちょっと前に、あいつが探してる言うもんとよう似た品をあのトンネルで見つけてなあ。さっきお前らも見たやろ、あの黒いノートや。それを取りに行くから絶対失くすなて言われてたんやけど、忽然とのうなってしもてな。ほれ、あんたとあの先生が村に来た日や。阿含が現れたんはその直後で、なんやごっつ気落ちするもんで見てられんなった。せやからお詫びも兼ねて代わりに……て、なんじゃい、見とらんのかいな。中身に何が映っとるか教えてやるて言うとったのに」  その後俺達は脇道から山道に出て、坂道を転げるように走った。しばらくした後、 「吉備っさんがおらん」  と言って突然清水が両足に急ブレーキをかけた。「う、後ろから付いて来てたはずや!足音も聞こえてたのに!」  慌てふためく清水の助力を失い、朝火先生の身体が大きく傾いた。俺は歯を食いしばって耐えながら、 「先生!」  懐中電灯片手に先を行く鹿島先生を呼び止めた。「吉備津さんとはぐれッ……た……」  振り返った先生の顔色がおかしい。  いや、人相そのものが変わっている。 「……動かないで」  俺たちの側まで戻って来た鹿島先生は、俺でも清水でもないモノに光を当ててそう呟いた。「二人の後ろに……何かいます」  足、が見えたそうだ。  夜の山。  外灯など一本だってない。  前方を照らして先を急いでいた俺たちの背後に明かりなどなく、真後ろに何がいるのかなんて分かるはずもなかった。  剥がれた爪、血と土で汚れた小さな足だけが見えたという。鹿島先生は懐中電灯に浮かび上がるその足を見て、箒次郎が追いかけて来たと思ったそうだ。 「後ろを振り向かないで。姫倉さんも、見ないで」  先生は言い、懐中電灯をゆっくり上へ動かした。  ――― スカート。  女物のスカートが見えたそうだ。  花柄の、ワンピースの裾が、風に揺れていたという。 「何てことだ。僕が小暮の家で見た女の幽霊は引御前なんかじゃない……彼女だ」  先生が囁くように聞いた。「……君は、藤堂さんかい?」  その途端、背を向けていた姫倉が勢い良く振り返った。その目に涙が溢れた。俺はゆっくりと首を捻り、目を閉じる清水の後ろを見た。とても綺麗な顔をした女の子が俺たちに向かって、何度も頭を横に振っていた。悲しみの浮かんだ表情だった。 「みっちゃん!」  姫倉が泣き叫ぶ。  死んだはずの藤堂光江が俺たちの後ろに立っていた。 「センセ、これ……俺ら戻った方がええんとちゃいますか」 「し、しかし」 「藤堂光江は俺らに行くなと言うてるんや。今逃げ帰るのは間違いなんや。俺は戻ります」 「しかし!」 「朝火先生お願いしてええですか」 「藻波くん!」 「日誌のことも気になるんです」 「……何だって?」 「トンネルを掘って作ったようなあの穴倉に、例の日誌がアポーツしとったんですわ」 「日誌は今あの場所にあるんですか!?」 「そうです」 「そのこと清ラくんは」 「もちろん」 「ならば」  鹿島先生の声色が変った。「……僕も戻るよ」 「え?」 「私も戻ります」  と朝火先生が俺の肩から腕を抜いた。「すみませんでした、もう、平気です」  私も、と姫倉が涙を拭いて賛同する。 「しゃーない」  と清水までもがそう言った。「吉備っさんを助けに行かんと」  突如現れた藤堂光江の幽霊を残し、俺たちは再び山道を登って脇道に入った。姫倉は藤堂の幽霊と別れる間際、「ごめんね」と詫びを口にし、振り返らずに走って俺たちのもとへと追いついて来た。 「僕と、藻波くんが、日誌を見つけたあの日、深夜に、清ラくんから電話がかかって来たのを、覚えていますか」  息せききって山道を駆け上がりながら鹿島先生が俺に尋ねた。 「はい」  もちろん覚えている。 「あの時僕は、藻波くんにお願いしました。日誌のことは、彼に黙っていてくれと」  確かにそうだった。せっかく見つけた『引御前』に関する資料を、多黒山で念願が叶うと息巻いていた清ラに奪われまいと秘密にした……俺はそんな風に捉えていた。 「藻波くんすまない。僕はあの時点ですでに、この事件のおおよそのことが、掴めていたんだ」  足が止まる。しかし事態が全く理解出来ない俺なんかよりも、朝火先生の方が何倍も鹿島先生の告白に驚いていた。 「た、谷崎さんもそう仰ってました。先生やっぱり!」 「朝火先生にも噓をついてしまった。僕は」 「何の話をしとるんですか、もっと分かるように言うてください!」  突然足を止めた俺たちに、「何をやっとるんや」と清水が怒鳴った。俺は清水に向かって、 「すまん、先行ってくれ、すぐに追いかける」  と詫びた。清水はひとりで廃トンネルへ向かうことに難色を示したが、すぐに恐れよりも吉備津さんを案じる正義感が勝った様子だった。待ってるからな、と清水は言い残し 、先程までよりもスピードを上げて走り去った。 「せんせ」 「藻波くん聞いてくれ。もう今を置いて話をする機会はないかもしれない」 「そ、そやかてヒキが!清ラが!」 「そうだ。その清ラくんだ」  ――― 私たち、先に行きます。  俺と鹿島先生の間に漂う気配に只ならぬものを感じ取ったのだろう。朝火先生と姫倉が頷き合って清水の後を追った。おい、と俺は声をかけるも、両足はその場から動かせなかった。 「な、何なんすか先生、こんな時に改まって」 「藻波くんは……子どもの頃のことをあまり覚えていない。そうだね?」 「はあ? い、今さら」  今さら何を、と思う。  ――― 思い出さないくていい。忘れてるってことはきっと、忘れたいってことなんだから。   そう言ってくれたのは鹿島先生、あんたやないか。 「だけど僕と清ラくんは忘れたことなどなかったんだ。ただの一度も」 「せんせと、清ラが?」 「僕はずっと君のことを知っていたし、清ラくんは言わずもがな、藻波くんとは幼馴染として育った。そこにある共通点は、藻波くんが今も思い出せない、君のご両親についてのことなんだ」 「俺の?」  ――― 俺が五歳の時に死んだ両親。それが今、何の関係があるんや。 「藻波くん。君のお父さんとお母さんは、僕や谷崎くんと同じフィールドワーカーだった」 「……フィー?」 「つまり同じ趣味を共有しあった友人同士だったんだ。僕たちは」
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