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四方朝火:1
インターネット上の投稿サイトで発表した小説が原因で少々困ったことになっている。
当時私が書いていたのは主にホラー小説で、運営主催のコンテストにも何度かチャレンジしたが箸にも棒にもかからなかった。愛着はあるものの、今読み返せば粗ばかりが目に付き最後まで通して読むことが困難である。とっとと消してしまえば良かったのだけれど、こんな私にも幾人かは好きだと言ってくれる有難いファンのような人がついてくれて、思い出の意味もあってずっとそのままにしていた。
事の発端は、私が発表したその小説に書きこまれたコメントにある。当該サイトでは発表された小説に対して作者に感想を伝えられるコメント機能が設けられていて、主に応援目的の書評が書きこまれた。私の場合、発表当時はほとんど反応もなく、その後はホラーではない別のジャンルで作家としてデビューしてしまった為、いつしかその小説の存在自体が記憶から薄れて行った。発表したのは今から四年も前である。
偶然、最近になって私の女友達がネット小説に嵌り、そう言えば昔別名義で投稿してたよね、と当時の作品を読ませろとせがんで来た。今も残っているか分からない、と断りつつそのサイトのURLを貼り付けてラインで送信した所、その日の晩に物凄い件数の返信があった。感想でも書いてくれたのかと思ったがそうではなかった。
友人、上羽景子(仮称)は私が職業作家であることを知っており、執筆中はスマホを弄らないマイルールも承知していた。その為一、二度ラインの通知が来た程度では確認すらしないことを分かった上で、連続で十四回も文面を送って来た。
時刻は午後九時。夜型の私は絶賛執筆中の時間帯である。しかしあまりのけたたましさに根負けしてスマホを手に取り、驚いた。景子から送られて来たラインの文面は全て、
「サイト、見て」
だった。十四回ともすべて同じ文面だった。何事かと思い電話を掛けると、景子は口頭でも「サイト見てよ」と同じ言葉を繰り返した。そこまでされてようやく懐かしいそのサイトへ飛んだのだが、別段目新しい発見があるわけでもなかった。
「コメント見て、コメント」
と景子は言う。
「どこの?」
それは私が四年前に書いたホラー小説、『卑忌』のコメント欄だった。なんだこれ、と自分でも唖然とした。当時はせいぜい三、四件だった感想コメントが、この時には三七十という数字に達していたのだ。初めてこのコメントに気付いた時、景子は私が人気作家だったのかと勘違いしたそうだ。だが本編読了後にこの感想コメントを見た彼女は、その内容に震えあがった。
全てのコメントに目を通したわけではないが、要約すると、どうやら私が書いた小説の内容がとある実際の事件と酷似しているらしいのだ。
「実話を基にしているとしか思えない」
「これはやばい」
「事件の目撃者ではないか」
というコメントも見られ、もし書きこんだ人間が全て別人ならば、そこそこ知名度のある事件のことを言っているらしいと分かる。コメントの中には「この物語は読むと呪われる」「作者が心配だ」「よくこんなの書いて無事でいられるな」という、私の身を案じているような意見もあって、これらを読んだ景子はひどく不安がった。放置すれば作家生命にも影響を及ぼすのではないか、とも。
幸いにして、四年前にホラー小説を書いていた頃と今ではペンネームが違う。扱っているジャンルも違うために現在の私を特定される恐れはないと思うが、確かに謂れのない謎のコメントとその不気味さに、私の胸はざわついた。
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