花火映る夜

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 夏に似つかわしくない長雨が激しく屋根を叩いている。  カーテンを寄せて隙間から覗いても、宵闇は曇ったガラスに隠されて見えず、雨の音量が増しただけだった。  雨が上がるのは予報では一週間も先。  毎年日本のどこかで災害が起きていて、ニュースの映像をみるにつけ複雑な気持ちにもなるし、便利とはいえ夜中でもお構い無しのアラートに飛び起きることもある。この雨では、今夜も起こされるかもしれない。  『楽しい夏休み』は、もうずっとずっと昔のことで、部屋にこもる現在、あの頃のような高揚感は全く無かった。  それは自分が大人に近づいているせいでもあり、休みであろうと日々忙殺されているせいでもある。  何より……終息する気配の無い流行り病が、今までの生活を一変させたせいだ。  毎年日本の空を彩る打ち上げ花火も、そこにあるだけでワクワクする沢山の出店も、今は鳴りを潜めている。  軒並み中止になるイベントに『仕方がない』と納得しつつも、『世界的祭典は許されるのに?』という不満を抱えたりもした。  マスクをしたまま体育祭の練習とか自殺行為だろうと驚いて、だけどマスクなしでのコミュニケーションが怖いという世論にも驚いて、もはや何が正しいのかがわからない。  聞いたこともなかったソーシャルディスタンスという単語すら当たり前に感じるようになるほど時は流れて、今年の8月も半ばまで過ぎた。それでも今だ変わらず世界は混沌としたままだ。  スマホの画面には、いたずらに調べてみた近隣の花火大会の情報ページが表示されている。  既に終了したひとつを除き、『中止』の文字が並んでいた。  夜空を華やかに染める花火を見たのは三年前。  空を見上げていたあの日、こんなに殺伐とした夏が来るなんて、誰も想像できなかっただろう。    思い出せば消化不良の気持ちが舞い戻る。  三年前のことなのに、色彩までも思い出せる。    群青の空を駆け上がっていく光のように  鼓膜を震わせ、腹に響く音のように  目一杯広がる色とりどりの火花のように激しくて。    散り際の  闇に溶けてしまう寸前の  残り数粒の火花のように細やかな、彼女との時間を。  
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