花火映る夜

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 部活の引退を迎える高校三年生の夏休みは、補修だの夏季特別講習だのと休まる暇はなかった。  中学・高校生活の大半を捧げた陸上競技だったが、インターハイの出場権を逃したところで見切りはつけた。  シーズンオフに足を痛めてから復調できないままの地区大会。好調なら掴めたかもしれない全国への切符を得ることなく、平凡なタイムでゴールすると同時に、俺の陸上生活も終わった。  県内ではそれなりにいい成績を残していたから、スポーツ推薦での進学を視野にいれてはいたけれど、少し心が折れてしまったところもあった。  誰よりも早く走りたかった。  トレーニングして、フォームを変えて、試行錯誤を重ねる中で、少しずつ延びていくタイム。その成果が何より嬉しくて、心底楽しんでいた時期もあった。  けれども上には上がいて、どんなに努力してもその背中は遠く、コンマ何秒という普段の生活なら意識もしないほど短い時間が、とてつもない大きな壁となって立ちはだかった。  怪我から復調できずにいる自分が、進学先でまた骨身を削り、その意識もしない短い時間を埋める作業を続けていくことが出来るか。  仮に続けたとして、それで生きていけるほどのタイムを出せるか。  何より、今自分は走るのを楽しいと思っているか。  きっとこんなことを思う時点で、俺は競技者としては失格なんだろう。  無我夢中っていうけれど無我にはなりきれず、もっともっと先の生き方を見据えてたとき、『競技続行』と『就職の選択肢を広げるための勉学』が乗った天秤は、後者の方に傾いた。  結局残りの夏を勉学に費やし、理系の大学に進路を絞った。  ……そんな経緯で現在に至るわけだが、競技をやめたことについての後悔があまり無い辺り、俺の選択は間違ってなかったのだと思う。    走ることを嫌いにならなかったのはある意味大正解で、遊びに出掛けることも仲間内で大騒ぎすることも出来ない今、夜間その辺りをジョギングするのが気分転換になっているから。  むわりと湿度を含んだ夜の空気を切りながら走る。  汗とは違う不快な湿っぽさも走るうちに薄れてきて、ただひたすら足を動かす。  雑念から解放され無心になるこの時間が好きだ。  どうしても走りたかったら小雨なら厭わないが、さすがにこの雨では出られない。    収まりを見せたかと思えば形を変えてはまたぶり返す病に振り回されて、ただでさえ鬱屈しているのにこの雨。  やらなければならないことはあるのに、つい手にしてしまった端末で動画を漁る。  そこで花火なんか見てしまったから  この辺りで花火大会がないかななんて調べてしまったから  誰にするともない言い訳が浮かぶのは、女々しさの表れかもしれない。  
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