花火映る夜

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 「進路、どーするん?」  花火がうち上がる数分前、フランクフルトに齧りついているときに、彼女は唐突に聞いてきた。  「浪人覚悟で進学」  「県内?」  「いや、志望校は県外」  「…そうなんだ」  少しだけ淀んだ会話に、必要以上に緊張した。  「お前は?」  「私は美容の専門行くよ。県内ってかギリ市内」  彼女は微笑んだ。  化粧も髪型も浴衣の着付けも自分でやったのだと自慢げに。  『どう?』と聞かれて『おう』と答えた。  じろじろ眺めるのは変だろと自制はしたが、そもそも眺めるなんてできなかっただろう。  目をあわせるのも照れ臭い。  だから、化粧の施された目元や唇、露になった首筋や浴衣の合わさる胸元を盗み見るのは仕方のないことだ。  彼女が決めた進路は興味がある分野なのだろう。  あまり目的すらなく、頑張ればどうにか入れそうだから選んだ自分の進路とは大違いだ。    「家から通うん?」  「そそ、さすがにね。まあ家は楽でいいけど独り暮らしには憧れるよね」  そして俺を見つめた。  「いいなあ、独り暮らし」  見慣れた顔といつもの雑談。  けれど、今まで考えたこともなかった、『今後の進路で日常が変わる』ことをこの瞬間に悟って、すっと空気が冷えた気がした。  「受かればね」  確定要素はない。  それでも時間は待ってくれないから、ひたすらどこかへ向けて突き進むしかないわけで。  「受かったら遊びに行くね」  「は?」  「絶対受かってね。私の日本探訪のためにも」  そこに深い意味があるのかないのか、全く計り知れない。  突然沸き上がった高鳴りを恋と断定するには早すぎるし、相手の言葉尻になんらかの意味を探すのも然りだ。  それでも僅かずつ高まっていく鼓動は、少なくとも今までと同じ目で彼女を見れなくなるんだろうなと感じさせるのに十分なもので。  「…受かれば、ね」  さっきも言ったなと思いながら答えた。      
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