花火映る夜

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 あの夏から三年目。  あの後、彼女とは何もない。  受験のために課外や塾に明け暮れて、気がつけば卒業していた。  この頃には既に流行り病があったから、遊びに行くにも憚られたし、何より進学先の住居を整えるのに忙しかったから会えずじまいだ。  あんな些細な口約束にすがるほど恋焦がれた訳じゃない。  かといって忘れてしまえる程どうでもよいものでもなかった。  大学に受かりはしたけれど、彼女がこちらに訪れるのは病原体に翻弄されていまだに叶わないし、そもそも彼女にとっては忘れてしまえるほどのものだったのかもしれない。  ただあの時、少しでも踏み込んでいたなら、今の窮屈な生活に少しの楽しみを見いだせていただろうか。  風化していてもおかしくないほど些細なことのはずなのに鮮やかに思い出せるのは、時間がたっても新たな刺激を増やしていけない現状のせいなのだろうか。  雨の音だけが狭い部屋に充満している。  『また増えてきたしね。気を付けて過ごしなさいよ』  そんなお袋の一声で、この夏も帰省していない。  代わりに大量の食材が送られてきた。  独り暮らしの学生では手が出せない高級肉やフルーツが同梱されていたあたり、暗に『帰ってくるなよ』と釘を刺したことへの罪滅ぼしなのだろう。    みんな元気かな  高校時代の友人たちの顔が過った。    便りがないのは元気な証拠とは言うけど。  上京したての頃は頻繁にやり取りしていた地元の友達も、会話の共通点の無さに連絡はほぼなくなった。  サークルの勧誘なんか状況的になかったから、そんなものにも入らないままだし、友人と言えば同郷から上京した奴らと、現地でできた数人。  構内にいれば話すけど夏季休業になれば、しかも帰省ともなれば本当に誰にも会わない。  特に寂しいとは思わないけれど、思っていたキャンパスライフとは縁遠いところにいるのは事実だ。  なんだかなあ…  動画にも飽きて手離した端末を拾い上げた。  誰かに電話してみようかな、そう思ったとき、ピコンとLINEの着信音が鳴った。  わずかな時間、表示された小さな文字。  一瞬目を疑った。  慌ててタップした画面の名前には、未読メッセージがあることを示す赤い丸がついていた。  全然連絡などしていなかった彼女からだった。
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