花火映る夜

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 三年ぶりのやり取りの文字はたったこれだけだった。  『たーまやー』 え?  そう思った瞬間、画面の背景が真っ黒になり、下からヒュルヒュルと色が駆け上がってきて、中央で勢いよく弾けた。  …花火だ。  あまりのしょうもなさと突拍子の無さにクスリと笑った。  こんな機能があったことすら知らなかった。  それならこれはいけるのかと思いながら返す。  「かーぎやー」  自分の画面にも花火が上がる。  すぐに既読になって、『元気?』と吹き出しのついたスタンプが送られてきた。  「うん」  『全然帰ってこないねー』  「そっちだって全然来ねーじゃん」  『行っても良かったのか!マジか!』  やり取りがくすぐったい。  ずっとにやけているのが馬鹿馬鹿しいけど止められなくて。  特筆することもない近況報告に、吹き出しの数がどんどん増えていく。  そして地元の近況を伝える言葉が届いた。  『こっちは今年も花火大会中止だったよ』  『花火』の文字に反応してまた画面が暗くなり花火が上がる。  それはそれまで交わした会話の吹き出しに隠されて、散り際の火花だけが辛うじて表示された。  「見えねーじゃん」  そう返すと、間髪いれず連続でメッセージが投下された。  『なんだと?』  『たーまやー』  『たーまやー』  『たーまやー』  『たーまやー』  短い吹き出しで画面がスッキリしたお陰で花火は見えるようになったけど、あまりにも内容が下らなすぎてぶふっと吹き出した。  暗い背景に弾ける花火。  音もないそれが、じんわりと心に染みる。  そのせいだろうか、ごく自然に返信した。  「時間、今いい?」  『何を今更』  隙間時間にメッセージをくれたわけではないことが嬉しい。  一呼吸置いて文字を送る。  「通話にしない?」  既読の表示から二秒、着信音が鳴った。    『いいよ~』  女性にしてはやや低めの彼女の声が耳に飛び込んで、懐かしさや戸惑いや嬉しさがごちゃ混ぜになる。  「こっちからかけようと思ってたのに」  『どっちからかけようが無料じゃん』  笑いを含んだ彼女の声が届くと、今こんな表情だなと容易に思い浮かんだ。  会わなかった三年の間に、高校時代よりもっと美容の知識を身に付けただろう今の姿はわからない。  けれど脳裏に浮かぶのは、ジャージ姿の彼女。  ああ、そうか。  浴衣姿が珍しくて動揺もしたけれど、『浴衣姿だったから気になった』んじゃない。きっと、もっとずっと前から気になっていたんだ。  そう自覚した。    
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