花火映る夜

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 世界的祭典で東京が沸いた夏、移動しようと思えば出来たあの時すら、帰省しなかった。  連絡を取ろうと思えば難なく出来たのに、LINEにメッセージを送ることを躊躇した。  どこか心の片隅で、もしかしたらこっちに来るかもしれないと思っていたから。  『あんな社交辞令本気にしてたの?』と言われるのを恐れたから。  踏み出すまでに至らない気持ちを抱え、それ以上に燃やす機会も消す機会もないまま、別の事柄に熱意を向けることもなく過ごしてきた。  花火の文字にあの時を思い出し、同時に彼女が花火を贈ってくれた不思議なシンクロ。  そのお陰で腑に落ちた。  今になって自覚した気持ちをどうにか成就させたい訳じゃない。  ただ、ほっとしたのだ。  確固たる目的も打ち込むものもなく、一生懸命とかがむしゃらとかそんな気持ちも忘れ、無感動と我慢しかなかった生活の中で、こんな気持ちを思い出せたことに。  一喜一憂できる心が自分に残っていたことに。  『あの時、好きだったんだ』で終わるのか、これから先も好きなのか、こんな状況ではわからないけれど、今は彼女にありがとうと言いたかった。  こんなに穏やかに笑って、昔話をして地元を懐かしんで、みんなに会いたいと思う気持ちにさせてくれた。  こんな生活でも全然平気だと思っていたけれど、どこか疲弊してたんだと気付かせてくれた。  「この冬は帰ろうかな」  そう呟くと、彼女は言った。  『そいや成人式帰ってこなかったね、久々に会えるかと思ったのに』  「成人式あったの?」  『あるにはあった。人数制限、お話聞いたらすぐ解散みたいな』  「それ、意味ある?」  『あるんじゃない?区切りとして。  でもまあ、個人的には振り袖着たのと、会場であった人に声かけて、部活メンバーでプチ同窓会したのが成人式だけどね』  一通り今年の始めにあった成人式(プチ同窓会)の報告を話した後、彼女は言った。  「忘年会、出来たらいいね」  これまでとは異なるスピードで増える感染者数。  症状は軽いとか若者は大丈夫とか、なめたらひどい目に遭うとか今後がどうとか、情報は錯綜していて、やっぱり何が正解なのかわからない。  それでも、あの受験期と同じように、ひたすらどこかに向けて突き進むしかないのだ。
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