2はじめての土地で

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「はい、そうです。吹月(ふづき)学院の方ですか?」 吹月学院、私がこれから向かう場所だ。 体ごと正面に向いて受け答えをした私に、男性はさらに微笑みを深めた。 「はい。吹月学院から参りました。高等部で教師をしています、久我(くが) 孝則(たかのり)と申します」 「吹月学院の先生でいらっしゃいましたか。はじめまして。館林 舞依と申します。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」 私は背筋をぴんと伸ばし、深くお辞儀をした。 「お迎えにあがるのが遅れてしまい申し訳ありません」 「ご心配いただくには及びません。それに、本日より学院でお世話になる私相手にそのような丁寧な応対をしたいただく必要はないかと存じます。どうぞ一生徒として接していただければ」 「いえ、このたびは私の父の無理なお願いで、わざわざおいでくださったと聞いております。まさか全寮制男子校によそさまのお嬢様をお誘いするだなんて、本来ならば息子である私が全力で止めるべきなのでしょうけれど、そうせざるを得ない事情がございますので、舞依さんには感謝しかございません。学院内では教師と生徒という立場もありますが、今はまだ夏期休暇期間ですから、どうぞお気になさらずに」 「まあ、では久我先生は、久我のおじさまの?」 「はい。私は理事長兼学院長である久我 繁則(しげのり)の長男です。ずいぶん前、舞依さんが6歳ほどの時に一度だけお会いしたことがあるんですよ」 「覚えてます。確か、コモ湖のホテルではじめてご挨拶しましたよね?」 「そうです。よく覚えておいでですね。まだお小さかったのに」 「実は、そのあとにご馳走していただいたジェラートがあまりにも美味しくて、それで覚えているのかもしれません。”コモ湖のジェラートのお兄さま” として」 両肩を少々持ち上げてニッコリ返すと、久我さん…久我先生は、「ああ、なるほど」とおおいに納得されたようだった。 その表情は、言われてみれば確かにおじさまと似ていた。 実際は、ジェラート以外にも彼に関して記憶している事はいくつもあった。 当時は15歳だったはずだ。父親達の夏のバカンスについて来た者どうし、一日を自由に楽しく過ごしたわけだが、今の彼はその時の面影をあまり残していないように見えた。 どこか繊細そうな印象で、幼い私にさえおっかなびっくり気を遣って接するような少年だったはずが、今目の前にいる男性教諭は実に頼もしそうな雰囲気がある好青年だったのだから。 きっと、いい先生なんだろうな。 漠然とそう思った。 「それでは、せめて学院に着くまでは、”コモ湖のジェラートの兄” としてお相手いただけますか?」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」 久我先生はスムーズな仕草で私から荷物をすべて奪うと、駅のロータリーに停車させていたシルバーのSUV車にエスコートしてくださった。 こうして、山の奥へと向かうドライブがはじまったのだった。
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